← 前のページ
ページ 158 / 521
次のページ →
翻刻
聞(もん)【注】の像(ぞう)をも彫刻(てうこく)し畢(おは)り田村丸(たむらまる)の皈洛(きらく)あるを待居(まちゐ)ければ。大いに悦(よろこ)びて迎請(むかへせう)じ無(ぶ)
事(じ)に凱陣(きぢん)ありしを賀(が)しけるに。田村丸 延鎮(えんちん)に向(むか)ひ。今度(こんど)奥州(おうしう)の夷賊(いぞく)を伐(うち)平(たいら)げ。君(きみ)
の御感(ぎよかん)に預(あづか)り宦位(くわんゐ)昇進(せうしん)し面目(めんほく)を世(よ)に施(ほどこ)せしは。全(まつた)く我力(わがちから)にあらず。帝(みかど)の御 威光(いくわう)
と観世音(くわんぜおん)の加護力(かごりき)に因(よる)ところなり。それに就(つき)て不思議(ふしぎ)の一 義(ぎ)あり。我(われ)奥州(おうしう)に於(おい)て
夷賊(いぞく)と合戦(かせん)に及(および)しところ。何国(いづく)よりともしらず一人の沙門(しやもん)と一人の社人(しやにん)と覚(おぼ)しき人 出(いで)
来(きた)り。忽(たちま)ち大風(おほかぜ)を起(おこ)して賊軍(ぞくぐん)を吹仆(ふきたを)し。又 袖(そで)を振(ふれ)ば敵(てき)より射(い)かくる矢(や)悉(こと〳〵)く飛反(とびかへり)
て却(かへつ)て敵軍(てきぐん)を射(い)しゆへ。賊軍(ぞくぐん)大いに恐(おそ)れて弊(ついへ)走(はし)り。浜手(はまて)なる己(おの)が船(ふね)へ逃(にげ)乗(のり)し
を。味方(みかた)是(これ)を追(おふ)て大川(たいが)のほとりへ到(いたり)しかば。夷賊(いぞく)は船(ふね)を漕(こぎ)去(さら)んと已(すで)に中流(ちうりう)まで到(いたり)
しに。件(くだん)の沙門(しやもん)宮司(みやつこ)また忽然(こつぜん)と現(あらは)れ出(いで)。手(て)を以(もつ)て虚空(こくう)を麾(さしまね)けば再(ふたゝび)暴風(はやて)吹起(ふきおこ)
り逆浪(さかなみ)立(たつ)て賊船(ぞくせん)を漂(たゞよは)しぬ。是(これ)に依(よつ)て我(われ)賊主(ぞくしゆ)を射落(いおと)し夷賊(いぞく)を伐(うち)平(たいら)ぐる事
を得(え)。軍勢(ぐんぜい)を班(まど)めて彼(かの)沙門(しやもん)と宮司(みやつこ)を尋(たづね)捜(さが)さしむるに。何地(いづち)へ往(ゆき)けん更(さらに)その行(ゆき)
【注 多聞天の略】