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に叛逆(ほんぎやく)の徒(ともがら)亡(ほろ)び尽(つき)て都(みやこ)の騒動(そうどう)も静(しづま)りければ。帝(みかど)は朝政(てうせい)に心を委(ゆだね)給ひて諸(しよ)
国(こく)より訟(うつたふ)るところの訴訟(そしやう)まで尽(こと〴〵)【盡は旧字】く御身(おんみ)自(みづから)判断(はんだん)なし給ひ。罪(つみ)を軽(かる)くし賞(せう)を
重(おも)くなし給ひけるゆへ。都鄙(とひ)の人民(にんみん)挙(こぞつ)て帝徳(ていとく)を賛美(さんび)しける。大同(だいどう)三年 医官(いくわん)出(いづ)
雲広貞(ものひろさだ)大同類聚方(だいどうるいじゆはう)百 巻(くわん)を撰(えらん)で上(たてまつ)りけり。日本医書(につほんいしよ)の始(はじめ)なり。帝(みかど)大いに睿感(ゑいかん)
在(ましま)し重(おも)く賞禄(せうろく)を給(たま)ひぬ。然(しかる)に伊予親王(いよのしんわう)の怨霊(おんれう)頻(しきり)に祟(たゝり)【崇は誤記】をなし種々(しゆ〴〵)の怪(け)
異(い)を見(あらは)し人民(にんみん)を悩(なやま)しければ。諸人(しよにん)是為(このため)に死亡(しぼう)する者 多(おほ)く。皆(みな)大いに怖(おそ)れ愁(うれひ)ける
大 同(どう)四年の正月(しやうぐわつ)より帝(みかど)も親王(しんわう)の憤霊(ふんれい)の祟(たゝり)【崇は誤記】にて御悩(ごのふ)度々(たび〳〵)に及(およ)ばせ給ひ。天下(てんか)の
政事(せいじ)を裁判(さいばん)なし給ふも懶(ものう)く思召(おぼしめし)遂(つひ)に宝位(みくらゐ)を下(すべ)らせ給ひ。帝祚(ていそ)を春宮(とうぐう)神野(かうのゝ)
親王(しんわう)に譲(ゆづら)せ給ひけり。御 在位(ざいゐ)僅(わづか)に四年なり。偖(さて)神野太子(かうのゝたいし)御 即位(そくゐ)在(ましま)し大礼(たいれい)
を執行(とりおこな)はせ給ふ。此君(このきみ)を人皇(にんわう)五十二代 嵯峨天皇(さがてんわう)と申奉れり。桓武天皇(くわんむてんわう)第(だい)二の皇(わう)
子(じ)にて御 母(はゝ)平城(へいぜい)天皇と同母(どうぼ)なり。御 践祚(せんそ)の後(のち)先帝(せんてい)《割書:平|城》に太上天皇(だじやうてんわう)の尊号(そんがう)