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ども狭衣(さころも)は夫(をつと)ある身(み)といひ貞操(みさを)正(たゞ)しき女なれば更(さらに)承引(うけひか)ず難面(つれなく)てのみぞ打過(うちすぎ)ける。仲(なか)
成(なり)果(はて)は堪(こらへ)かね。一日(あるひ)狭衣(さごろも)が我(わ)が館(やかた)【舘は俗字】へ来(きた)りけるを強(しい)て一室(ひとま)へ伴(ともな)ひ行(ゆき)百般(いろ〳〵)口説(くどき)けれども。女
は猶(なを)も辞(いな)みければ。仲成(なかなり)怒(いかつ)て女を引伏(ひきふせ)。乗(のり)かゝつて刀(かたな)を抜(ぬき)其胸(そのむね)にさし当(あて)。你(なんじ)我(わ)が斯(か)
程(ほど)まで口説(くどく)に。猶(なを)も心に従(したが)はずんば。今 一刀(いつとう)に刺殺(さしころ)し。你(なんじ)が夫(をつと)をも君(きみ)に讒(ざん)して重(おも)く刑(つみ)に
行(おこな)ふべしと言刧(いひおど)しけるにぞ。女は只(たゞ)泣沈(なきしづ)み左右(とかう)の答(いらへ)もなさで在(あり)けるを仲成 理不尽(りふじん)に
婬(おか)し辱(はづか)しめ其儘(そのまゝ)【侭は略字】留(とゞ)め置(おき)遂(つひ)に己(おの)が妾(おもひもの)にぞしける。狭衣(さごろも)の夫(をつと)は是(これ)を聞(きい)て深(ふか)く
仲成(なかなり)を恨(うら)み憤(いきどふ)れども。君(きみ)の御意(ぎよい)に入し薬子(くすりこ)が兄(あに)なれば論(ろん)じ立(だて)せば却(かへつ)て讒害(ざんがい)せら
れん事を慮(おもんはか)り。無念(むねん)ながら其儘(そのまゝ)【侭は略字】になし置(おき)けり。是等(これら)の悪行(あくげう)の外(ほか)不義(ふぎ)私曲(しきよく)の所(しよ)
行(げう)度重(たびかさな)りければ。諸人(しよにん)内々(ない〳〵)薬子(くすりこ)兄妹(おとゞい)を忌(いみ)悪(にくま)ぬはなかりける。然(しかる)に嵯峨天皇(さがてんわう)は
いまだ春宮(とうぐう)にて在(ましま)しける頃(ころ)より薬子(くすりこ)が奸佞(かんねい)【侫は譌字】なるをよく知召(しろしめし)ければ。渠(かれ)が如(ごと)き婬(いん)
悪(あく)の妬婦(とふ)を君(きみ)の御 側(かたはら)に侍(はべら)しめては始終(しじふ)の御 為(ため)宜(よろ)しからずとて折節(をりふし)には諫奏(かんそう)