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に叙(じよ)し給ひ。其後(そのゝち)斎院(さいいん)を下(おり)給ひて嵯峨(さが)に静雅(せいが)の山荘(さんそう)を営(いとな)みそれへ移住(うつりすみ)給ひ。閑(しづか)【注】
に風月(ふうげつ)を翫(もてあそ)び給(たまひ)しに。承和(しやうわ)十四年に春秋(しゆんじう)四十一才にて薨去(かうきよ)し給ひけり御 遺言(ゆいごん)には
葬(ほふむり)を薄(うす)うし無益(むえき)の事に世(よ)の財(たから)を費(つひや)す事 勿(なか)れとくれ〴〵宣(のたま)ひしとぞ。誠(まこと)に至尊(しそん)
の皇女(くわうによ)には和漢(わかん)例(ためし)少(まれ)なる賢女(けんぢよ)にてぞおはしける。却(かへつ)て説(とく)弘仁(かうにん)二年の夏(なつ)大納言(だいなごん)右(う)
大将(だいせう)正三位(しやうさんみ)坂上大宿祢田村丸(さかのうへおほすくねたむらまる)粟田(あはた)の別荘(べつそう)に於(おい)て薨去(かうきよ)有けり邁齢(まいれい)五十四才
なり。帝(みかど)甚(はな)はだ惜(をし)ませ給ひ。勅使(ちよくし)を立(たて)絹布(けんふ)米銭(べいせん)等を若干(そこばく)給(たま)はりけり。又 勅詔(ちよくぜう)あり
て其(その)亡骸(なきがら)に甲冑(かつちう)を着(き)せ剣(けん)【劔は俗字】鉾(ほこ)弓箭(ゆみや)等(とう)を添(そへ)て棺(ひつぎ)に収(おさ)め宇治郡(うぢごほり)小栗栖野(をぐるすの)に
於(おい)て。王城(わうじやう)の方(かた)へ向(むか)はしめて葬(ほふむ)らせ給ひけり。是(これ)其(その)威霊(いれい)に永(なが)く帝都(ていと)を護(まもら)せ給ふ
との睿慮(ゑいりよ)とぞ聞えける。前(まへ)にも説(とく)ごとく此(この)田村丸は古今(こゝん)独歩(とつぽ)の人傑(じんけつ)にて智(ち)仁(じん)
勇(ゆう)の三 徳(とく)兼備(けんび)せし朝廷(てうてい)の名臣(めいしん)と称(せう)せり。さしも強大(きやうだい)なりし奥州(おうしう)の夷賊(いぞく)を一 戦(せん)に
伐平(うちたいら)げ。其(その)以後(いご)も奥州(おうしう)及(およ)び東国(とうごく)に反賊(はんぞく)ある度(たび)毎(ごと)に田村丸 勅命(ちよくめい)を奉(うけたま)はりて馳(はせ)
【別本にて確認】