← 前のページ
ページ 213 / 521
次のページ →
翻刻
御 褒美(ほうび)をさへ給(たま)はり怡(よろこ)ぶ事 限(かぎ)りなく。心に思(おも)ひけるは。我(われ)両度(りようど)の大 危難(やくなん)を免(まぬか)れ
しは藤島(ふぢしま)父子(おやこ)の厚(あつ)き情(なさけ)に倚(よる)ところなれば。恩(おん)を謝(しや)せずんば有(ある)べからずとて堅(かた)
田村(たむら)なる兵太(ひやうだ)が家(いへ)にいたり。父子(おやこ)が再度(さいど)の鴻恩(かうおん)を礼謝(れいしや)し謝義(しやぎ)のため一裹(ひとつゝみ)の金(きん)
子(す)を呈(てい)しけるに。兵太(ひやうだ)固(かた)く辞(じ)して押返(おしかへ)し。玄吾(げんご)が高運(かううん)を賀(が)し。今度(こんど)の訴訟(そせう)に
依(よつ)て女(むすめ)松(まつ)が枝(え)も無難(ぶなん)にかへりしを悦(よろこ)び。玄吾(げんご)を家(いへ)に留(とゞめ)悦(よろこ)びの酒(さけ)を酌(くみ)かはしけるが。松(まつ)が
枝(え)はいまだ定(さだ)まる夫(をつと)もなく年齢(としばへ)も似合(にあは)しければ。遂(つひ)に玄吾(げんご)を婿(むこ)となして娶(めあは)せけるに
ぞ。玄吾(げんご)大いに悦(よろこ)び。京都(きやうと)へ出(いで)て医業(いげう)を始(はじめ)けるに。追(おひ)〱(〳〵)繁昌(はんぜう)し。兵太(ひやうだ)をも呼(よび)とりて
夫婦(ふうふ)孝養(かうやう)を竭(つく)し。安楽(あんらく)に老(おひ)を養(やしな)はしめけるは偏(ひとへ)に隠徳(いんとく)の陽報(やうほふ)なりけり
釈空海(しやくのくうかい)幼稚(ようち)奇行(きかう) 阿波(あはの)大滝山(おほたきざん)土佐(とさの)室戸崎(むろどのさき)苦行(くぎやう)事
嵯峨天皇(さがてんわう)の御 皈依僧(きえそう)に釈空海(しやくのくうかい)と申 本朝(ほんてう)無双(ぶそう)の名僧(めいそう)在(おはし)けり。其(その)系譜(けいふ)を
尋(たづぬ)るに。父(ちゝ)は讃岐国(さぬきのくに)多度郡(たどがふり)屏風(べうぶ)が浦(うら)の住人(ぢうにん)佐伯氏(さいきうじ)母(は)は阿刀氏(あとし)なり。抑(そも〳〵)佐伯(さいき)