Gallicaの日本資料を翻刻!

コレクション: コレクション1

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ページ: 225

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土(こし)の港(みなと)へ着岸(ちやくがん)しけるに。唐帝(とうてい)の観察使(くわんさつし)済美(さいび)といふ者(もの)。和国(わこく)の使者(ししや)を疑(うたが)ふて船 より上(あが)らしめず。十月十三日まで船中(せんちう)に置(おき)ければ。遣唐使(けんとうし)葛野丸(かどのまる)大いに退屈(たいくつ)し空(くう) 海師(かいし)を招(まね)きて書牘(しよどく)を作(つくら)しめて其(それ)を済美(さいび)が方(かた)へ達(たつ)せしめけるに。済美(さいび)其(その)文章(ぶんしやう) の奇絶(きぜつ)なるを感(かん)じ遂(つひ)に疑念(ぎねん)を晴(はら)して遣唐使(けんとうし)以下(いげ)を船より上(あが)らせ長安(てうあん)の 都(みやこ)へ送(おく)りけり《割書:空海師の文は委は|年譜に載たれは略》斯(かく)て空海師(くうかいし)は翌年(よくねん)《割書:三十|二才》唐(とう)の西明寺(さいみやうじ)の永(ゑい) 忠和尚(ちうおせう)の故院(こいん)に逗留(とうりう)し。其比(そのころ)唐土(とうど)にて碩徳(せきとく)の聞(きこ)え高(たか)き青龍寺(せいりようじ)の慧果(けいくわ) 阿闍梨(あじやり)の許(もと)にいたり始(はじめ)て謁見(えつけん)ありけるに。慧果(けいくわ)満顔(まんがん)に喜色(よろこびのいろ)を表(あらは)し。我(われ)你(なんじ)を 待事(まつこと)久しとて旧(ふるき)相識(なじみ)のごとく言談(ごんだん)し。懇(ねんごろ)に管侍(もてなし)法義(ほふぎ)を議論(ぎろん)して諸(もろ〳〵)の秘法(ひほふ) を授(さづ)けらるゝ。中(なか)にも五部(ごぶ)の灌頂三密加持(くわんでうさんみつかじ)の法(ほふ)を伝授(でんじゆ)し。大悲胎蔵曼陀(だいひたいざうまんだ) 羅(ら)の灌頂(くわんでう)を打(うた)しめられけるに。空海師(くうかいし)華(はな)を拋(うつ)て毘盧遮那如来(びるしやなによらい)の身上(しんぜう)に著(あらは) されければ。慧果阿闍梨(けいくわあじやり)大いに是(これ)を賞讃(せうさん)有(あり)けり。同年(どうねん)七月に空海師(くうかいし)又 金剛(こんがう)