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る間(ま)もなく。俄然(がぜん)として悪風(あくふう)大いに吹出(ふきいだ)し。逆浪(さかなみ)山(やま)のごとく起(おこ)りて天を漫(ひた)し。船(ふね)を淘(ゆり)
上(あげ)淘下(ゆりおろ)すにぞ。水主(すいしゆ)楫取(かんどり)大いに駭(おどろ)き。急(きう)に帆(ほ)を下(おろ)し地方(ぢかた)へ寄(よせ)んと働(はたら)けども叶(かなは)
ばこそ。船(ふね)は悪風(あくふう)のために吹舞(ふきまは)され。今や此船(このふね)海底(かいてい)に沈(しづ)むべく見えけるにぞ。船中(せんちう)
の上下 顔色如菜(いろをうしなひ)あはや底(そこ)の水屑(みくず)と成(なる)らんと騒(さは)ぎ惑(まど)ひ生(いき)た心地(こゝち)はなかりけり。されども
空海和尚(くうかいおしやう)はさしもの難風(なんふう)逆浪(げきらう)をも恐(おそ)れず。手(て)に密印(みついん)を結(むす)び端坐(たんざ)して。自若(じじやく)と
して御坐(おはし)けるが。衆人(もろびと)の悶悲(もだへかなし)むを見(み)て哀愍(あいみん)の心(こゝろ)禁(きん)じがたく稍(やゝ)座(ざ)を起(たつ)て船(ふね)の艗(へさき)
に立出(たちいで)給ひ高声(かうしやう)に。何(いか)に八大 龍王(りうわう)よく聞(きゝ)給へ。我(われ)遠(とふ)く求法(ぐほふ)のために入唐(につとう)せしは一身(いつしん)の
成仏(じやうぶつ)得脱(とくだつ)を求(もとめ)ん為(ため)ならず。普(あまね)く人天(にんてん)禽獣(きんじふ)虫魚(ちうぎよ)にいたる迄(まで)甘露(かんろ)の法味(ほふみ)を得(え)さ
しめ末代(まつだい)濁世(じよくせ)の一切(いつさい)衆生(しゆじやう)をも済度(さいど)せん大願(だいぐわん)なり。伝聞(つたへきく)八才の龍女(りうによ)は世尊(せそん)の妙文(めうもん)を
聞(きゝ)て成仏(じやうぶつ)し永劫(えうがう)末世(まつせ)まで仏法(ぶつほふ)を守護(しゆご)せんと誓願(せいぐわん)を立(たて)しとや。然(しから)ば其(その)誓(ちかひ)の如(ごと)く
此船(このふね)を過(あやま)ちなく本国(ほんごく)へ着(つか)【著】しめ給へ。我(われ)無事(ぶじ)に帰朝(きてう)せば国家(こくか)鎮護(ちんご)の為(ため)一大 伽藍(がらん)