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また寺中(じちう)へ還(かへ)り住(すみ)けり空海和尚(くうかいおせう)東大寺(とうだいじ)に住職(ぢうしよく)の間(あいだ)に種々(しゆ〴〵)の法事(ほふじ)を定(さだ)
め置(おき)給ひけり。今の西室(にしむろ)南院(なんいん)等(とう)其(その)旧跡(きうせき)なり。茲(こゝ)に大職冠(たいしよくくわん)鎌足(かまたり)公(こう)の裔孫(えいそん)に
左近衛大将(さこんゑのだいせう)正四 位(ゐ)藤原冬嗣(ふぢはらのふゆつぐ)公(こう)と申は。空海和尚(くうかいおせう)の道徳(どうとく)を崇(たつと)び師檀(しだん)の
契(ちぎ)り浅(あさ)からざりしが。興福寺(かうぶくじ)は淡海(たんかい)公(こう)の建立(こんりう)にて藤原(ふぢはら)の氏寺(うじでら)と定(さだ)められ
たれば。猶(なを)も家門(かもん)繁栄(はんゑい)の為(ため)にとて空海和尚(くうかいおせう)と相議(あひはか)り弘仁(かうにん)四年 興福寺(かうぶくし)
の寺中(じちう)に地(ち)を見立(みたて)八 角(かく)の円堂(ゑんどう)を営(いとな)み建(たて)空海和尚(くうかいおせう)直作(じきさく)の三 目(もく)六 臂(ひ)不(ふ)
空羂索(くうけんさく)の観音(くわんおん)の像(ぞう)を安置(あんち)して修行(しゆぎやう)持念(じねん)せられける。今の南円堂(なんゑんどう)是(これ)也
右の南円堂(なんゑんどう)修造(しゆぞう)のうち人夫(にんぶ)の中に一人の老翁(らうおう)有(あり)けるが一 首(しゆ)の歌(うた)を詠(えい)ず
補陀洛(ふだらく)のみかみの岸(きし)に堂(どう)たてゝ今ぞ栄(さか)へん北(きた)の藤波(ふぢなみ)
とよみ其後(そのゝち)行方(ゆきがた)しらず成(なり)けり。空海和尚(くうかいおせう)冬嗣(ふゆつぐ)公(こう)に語(かた)りて。件(くだん)の翁(おきな)は春(かす)
日(が)大 明神(めうじん)かりに姿(すがた)を現(あらは)し藤氏(とうし)の繁昌(はんじやう)すべき義(ぎ)を告(つげ)給ひしなりと