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仰(あふ)せけるにぞ冬嗣公(ふゆつぐこう)大いに喜悦(きゑつ)ありて春日明神(かすがめうじん)へ幣(みてぐら)を捧(さゝ)げ神恩(しんおん)を謝(しや)し
給ひけるが。果(はた)して子孫繁昌(しそんはんじやう)し家門(かもん)富栄(とみさかへ)けるぞ芽出度(めでた)かりける。去程(さるほど)
に空海和尚(くうかいおせう)は祈願(きぐわん)の如(ごと)く真言宗(しんごんしう)天下に流通(るつう)しければ望(のぞ)み足(たん)ぬと歓(よろこび)玉ふ
事 限(かぎ)りなく。其(それ)に就(つき)ても帰朝(きてう)の砌(みぎ)り船中(せんちう)にて難風(なんふう)に遭(あひ)伽藍(がらん)を建立(こんりう)せん
と誓(ちか)ひ。三 股杵(こしよ)を拋(なげう)ちし事を昼夜(ちうや)忘(わす)れ玉はずといへども弘法(ぐほふ)の繁務(はんむ)に
暇(いとま)なく空(むな)しく数年(すねん)を過(すご)し給ひけるに。今 已(すで)に宗派(しうは)成就(じやうじゆ)しければ。いでや彼(かの)宝(ほう)
器(き)の留(とゞ)まる地(ち)を尋(たづね)んと。畿内(きない)近国(きんごく)を経歴(けいれき)し給ひけるに。大和国(やまとのくに)宇智郡(うちこほり)に於(おい)
て一人の猟夫(かりうど)に往逢(ゆきあひ)給ひ其(その)人表(ひとがら)を見給ふに骨相(ほねぐみ)異形(ことやう)にて尋常(よのつね)ならず身(みの)
材(たけ)高(たか)く筋骨(きんこつ)逞(たくま)しく。面色(おもてのいろ)黒(くろ)く両眼(りようがん)尖(するど)く光(ひか)り身(み)に藤織(ふぢおり)の衣(ころも)を着(ちやく)し脚(あし)
に革袴(かはばかま)をはきて。太刀(たち)を帯(さし)弓矢(ゆみや)を手挟(てばさ)み黒白(こくびやく)二 疋(ひき)の猟狗(かりいぬ)を率(ひき)たり。空海(くうかい)
師(し)御 覧(らん)じて猟夫(れうし)に対(むか)ひ。其許(そのもと)には旦夕(あけくれ)深山幽谷(しんざんゆうこく)を馳廻(はせめぐ)り山々(やま〳〵)峯々(みね〳〵)の案内(あんない)