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上(のぼり)給ひ弘仁(かうにん)七年六月十七日 表(へう)を奉(たてまつ)りて紀伊国(きいのくに)伊都郡(いとこほり)の南(みなみ)の山を入定(にふでう)の地(ち)に下(くだ)し給(たま)
はらん事を願(ねがい)給ひけるに。天聴(てんてう)滞(とゞこふ)りなく七月八日 勅許(ちよくきよ)の宣旨(せんじ)を下(くだ)し給はりけり。是(これ)に
依(よつ)て空海和尚(くうかいおせう)徒弟(とてい)泰範(たいはん)。実恵(じつゑ)等(とう)を従(したが)へて彼(かの)山(やま)に赴(おもむ)き官符(くわんふ)を以(もつ)て人夫(にんぶ)を募(つの)
り山を開(ひら)かせらるゝに。以前(いぜん)の猟夫(れうし)も来(きた)りて人夫(にんぶ)とともに草(くさ)を苅(かり)樹(き)を伐(きり)。土(つち)をならし石(いし)を
運(はこ)びて夫力(ぶりき)を助(たす)けければ。空海和尚(くうかいおせう)其(その)労(らう)を謝(しや)し且(かつ)霊地(れいち)を指示(さししめ)したる礼謝(れいしや)を述(のべ)
給ふに猟師(れうし)も当山(とうざん)開発(かいほつ)の義(ぎ)を悦(よろこ)び黄昏(たそかれ)におよびて別(わかれ)を告(つげ)去(さり)けるが。其夜(そのよ)空海(くうかい)
和尚(おせう)の夢(ゆめ)に件(くだん)の猟夫(れうし)有(あり)し姿(すがた)に引(ひき)かへて衣冠(いくわん)正(たゞ)しく威儀(いぎ)刷(かいつくろ)ひて出現(しゆつげん)あり。空海和(くうかいお)
尚(せう)に向(むか)ひ。善哉(よきかな)々々(〳〵)師。信力(しんりき)堅固(けんご)に仏法(ぶつほふ)弘通(ぐづう)あるがゆへ。我(われ)仮(かり)に猟夫(れうし)の姿(すがた)となりて此(この)
霊山(れいざん)を教示(をしへしめ)したり真(まこと)は此山(このやま)の梺(ふもと)天野(あまの)に鎮座(ちんざ)ある丹生津比咩命(にふつひめのみこと)の子(こ)高野明神(かうやめうじん)
なりと告(つげ)給ひ光(ひかり)を放(はなつ)て立去(たちさり)給ふと見て夢(ゆめ)覚(さめ)ければ。空海師(くうかいし)感涙(かんるい)に衣(ころも)の袖(そで)を沾(ぬら)し
給ひ。さればこそ彼(かの)猟夫(りやうし)は凡人(ぼんにん)ならじと思(おも)ひけるに果(はた)して。此(この)山の守護神(しゆごじん)にて在(ましま)しけり迚(とて)