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其後(そのゝち)弘仁(かうにん)十年 嵯峨天皇(さがてんわう)御悩(ごのふ)に染(そみ)給ひければ医官(いくわん)の面々(めん〳〵)肺肝(はいかん)をくだき良方(りようはう)を考(かんがへ)【別本による】
て御薬(みくすり)を勧(すゝ)め奉(たてまつ)りけれども更(さら)に其(その)験(しるし)なかりければ。空海和尚(くうかいおせう)を召(めさ)れて加持(かぢ)させ給ふ
に立所(たちどころ)に御悩(ごのふ)平痊(へいゆ)在(ましま)しけり。是(これ)に依(よつ)て睿感(ゑいかん)斜(なゝめ)ならず其(その)御恩賞(ごおんせう)として高野(かうや)
山(さん)の伽藍(がらん)を速(すみやか)に建立(こんりう)し得(え)さすべしと勅詔(ちよくぜう)を下(くだ)し給ひけるにより。諸卿(しよけう)倫命(りんめい)【綸命とあるところ】を奉(うけ給)
はり番匠(ばんじやう)冶工(やかう)数百人(すひやくにん)の人夫(にんぶ)をさし遣(つか)はし奉行(ぶぎやう)頭人(とうにん)諸(しよ)職人(しよくにん)を励(はげま)し昼夜(ちうや)を捨(すて)ず
堂舎(どうしや)の経営(けいえい)を急(いそ)がしけるゆへ工匠(かうしやう)業(ぎやう)をはげみ堂塔(どうとふ)楼閣(ろうかく)房舎(ばうしや)にいたる迄(まで)玉(たま)を磨(みが)
きて造営(ざうえい)し。空海和尚(くうかいおせう)の指揮(さしづ)に従(したが)ひ南天竺(なんてんぢく)の鉄塔(てつとふ)に擬(ぎ)して高(たか)さ十六丈の多(た)
宝(ほう)の浮屠(とふ)【「ふと」の誤記】を建(たて)ける。されば一層(いつそう)の甍(いらか)は霞(かすみの)中(うち)に輝(かゝや)き。九重(くぢう)の輪(りん)は雲外(うんぐわい)に鮮(あざやか)か【衍】なり塔(とふ)
の中(なか)には一丈四尺の大日如来(だいにちによらい)の仏像(ぶつぞう)を安置(あんち)し其余(そのほか)八尺五寸の菩薩(ぼさつ)の像(ぞう)四軀(しく)を居置(すえおき)
猶(なを)また山の奥(おく)深(ふか)く入て一 院(いん)を建(たて)入定(にふでう)の室(むろ)と定(さだ)め給ふ。今の奥(おく)の院(いん)の御 影堂(えいどう)是(これ)也(なり)
凡(およそ)高野山(かうやさん)開発(かいほつ)は弘仁(かうにん)七年七月より山を開(ひら)かれ同(おなじ)く十年の夏(なつ)仏閣(ぶつかく)僧坊(そうばう)鐘楼(しゆろう)鼓(こ)【皷は俗字】