← 前のページ
ページ 259 / 521
次のページ →
翻刻
に紅炭(すみび)を堆(うずた)かく積(つみ)たるを数多(あまた)召寄(めしよせ)給ひ玉座(ぎよくざ)の両辺(ほとり)に置(おか)せて守敏(しゆびん)と御 物語(ものがたり)在(ある)
うち火気(くわき)宮中(きうちう)に充(みち)て帝(みかど)御 額(ひたへ)に汗(あせ)を流(なが)し給ふにぞ。守敏(しゆびん)先(さき)にも懲(こり)ず又 袖中(そでのみち)【「うち」の誤ヵ】水(すい)
印(いん)を結(むすび)けれども火気(くわき)消(せう)せず倍(ます〳〵)熾(さか)んになりけるにぞ。守敏(しゆびん)は二 度(ど)の不覚(ふかく)に心中(しんちう)安(やす)から
ず是(こ)は何(いか)なるゆへにやと。我(われ)ながら不審(ふしん)晴(はれ)やらず忙然(ぼうぜん)として惘果(あきれはて)【忄+岡は誤記】ける時(とき)しも。側(かたへ)の翠(み)
簾(す)の内(うち)より空海和尚(くうかいおせう)従容(じふよう)として立出(たちいで)給ひ守敏(しゆびん)に向(むか)ひて。如何(いかに)や僧都(そうづ)名月(めいげつ)の前(まへ)に
は星辰(せいしん)光(ひかり)を施(ほどこ)しがたしと仰(あふせ)ければ。守敏(しゆびん)大いに赤面(せきめん)し一 言(ごん)も答(こたふ)る事 能(あた)はず。手(て)もち
悪(あし)げに御前(ごぜん)を退出(たいしゆつ)せられけるが。心中(しんちう)には空海和尚(くうかいおせう)を深(ふか)く恨(うら)み。西寺(さいじ)へ帰り(かへり)ても心 怏々(わう〳〵)
として楽(たのしま)ず。何卒(なにとぞ)空海(くうかい)に恥辱(ちじよく)【恥は俗字】を与へ此恨(このうらみ)を晴(はら)さんものと𠹤(しん)怒(ど)の焔(ほむら)に心(むね)を焦(こが)され
ける。是(これ)ぞ両僧(りようそう)遺恨(いこん)の始(はじめ)とはしられけり
嵯峨天皇(さがてんわう)御譲位(ごじやうゐ) 守敏(しゆびん)空海(くうかい)《振り仮名:祈_レ雨争_二行力_一|あまごひぎやうりきをあらそふ》条
弘仁(かうにん)十四年の夏(なつ)嵯峨(さが)天皇 右大臣(うだいじん)藤原冬嗣(ふぢはらのふゆつぐ)を召(めさ)れ詔(みことのり)し給ひける。朕(ちん)已(すで)に年(とし)老(おひ)