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已(すで)に決(けつ)せりとて敢(あへ)て諫(いさめ)を用(もち)ひ玉はざれば。冬嗣公(ふゆつぐこう)も此上(このうへ)力(ちから)なしとて。群臣(ぐんしん)に君(きみ)の勅詔(みことのり)を
つたへ遂(つひ)に皇太子(くわうたいし)大伴親王(おほともしんわう)を十 善(ぜん)の宝位(みくらゐ)に即(つけ)奉り人皇(にんわう)五十三代の聖主(せいしゆ)と仰(あふ)ぎ
奉(たてまつ)らる。此君(このきみ)を淳和天皇(じゆんわてんわう)と称(たゝへ)奉れり。即(すなは)ち桓武(くわんむ)天皇 第(だい)三の皇子(みこ)にて御 母(はゝ)は皇太(くわうたい)
后(こう)旅子(たびこ)と申 藤原百川(ふぢはらのもゝかは)の女(むすめ)にて在(ましま)しけり。御 即位(そくゐ)の大礼(たいれい)を執行(とりおこな)はれ平城帝(へいぜいてい)を前(さき)の
太上(だじやう)天皇と申 嵯峨帝(さがてい)を後(いま)の太上(だじやう)天皇と尊号(そんがう)し奉り給ひ。年号(ねんがう)を改(あらた)め天長(てんてう)元(ぐわん)
年(ねん)と改元(かいげん)ありけり。偖(さて)嵯峨(さが)天皇の皇子(わうじ)正良親王(まさよししんわう)を春宮(とうぐう)に立(たて)給ふ。其年(そのとし)の九月
に後(いま)の太上(だじやう)天皇 嵯峨(さが)の離宮(りきう)へ遷(うつ)り玉はんとて中納言(ちうなごん)藤原三守(ふぢはらのみつもり)を以(もつ)て其義(そのぎ)を淳(じゆん)
和(わ)天皇へ奏聞(そうもん)させ給ひければ。新帝(しんてい)勅許(ちよくきよ)在(ましま)し有司(ゆうし)に勅詔(みことのり)を下(くだ)し給ひ宝輦(みくるま)及(およ)び
供奉(ぐぶ)の公卿(くげう)前随(ぜんずい)後従(ごじふ)の武士(ぶし)を定(さだ)め行幸(みゆき)の儀式(ぎしき)厳重(げんぢう)に整(とゝの)へべしと仰出(あふせいだ)され
けるを上皇(じやうかう)固(かた)く御 辞退(じたい)なし給ひければ。主上(しゆじやう)再三(さいさん)勧請(すゝめこひ)給へども承引(うけひき)玉はす。遂(つひ)に
前駈(ぜんく)兵杖(へいぢよう)【仗とあるところ】の儀式(ぎしき)を差止(さしやめ)られ御 馬(むま)に召(めさ)れ供奉(ぐぶ)の宦士(くわんし)少々(せう〳〵)召連(めしつれ)給ひ密(ひそか)に嵯(さ)