← 前のページ
ページ 264 / 521
次のページ →
翻刻
にや一七日に満(まん)ずれども一 滴(てき)の雨も降(ふら)ざりければ。大いに訝(いぶか)り給ひ素(もとよ)り天文(てんもん)易術(えきじつ)に達(たつ)し給へ
ば袖中(しゆちう)卦(くわ)を立(たて)天眼通(てんがんつう)の法(ほふ)を以(もつ)て見(み)給ふに雨(あめ)の不降(ふらざる)も理(ことは)り守敏(しゆびん)諸龍(しよりよう)を駆(かつ)て瓶(へい)
中(ちう)に封(ふう)じ籠(こめ)【篭は略字】しゆへなりければ。空海師(くうかいし)守敏(しゆびん)が悪念(あくねん)を憎(にく)み徒弟(とてい)に告(つげ)て曰(のたま)はく。我(われ)丹誠(たんせい)を凝(こら)
し雨(あめ)を祈(いの)れども。雨(あめ)の不降(ふらざる)は守敏法師(しゆびんほふし)其身(そのみ)の修法(しゆほふ)普(あまね)く雨(あめ)を降(ふら)す事 不能(あたはざる)を恥(はぢ)【耻は俗字】
ず却(かへつ)て此(この)空海(くうかい)を妬(ねた)【姤は誤】みて。雨竜(うりょう)を駆(かつ)て封(ふう)じ籠(こめ)雨(あめ)を降(ふら)さじと巧(たく)みたり。昔(むかし)天竺(てんぢく)の一角(いつかく)
仙人(せんにん)も龍神(りうじん)を恨(うら)み瓶中(へいちう)に封(ふう)じ籠(こめ)て世(よ)を旱魃(かんはつ)せしめけるが。美人(びじん)の色(いろ)に眼(まなこ)を奪(うば)はれ
酒(さけ)を盛(もら)れて法力(ほふりき)破(やぶ)れ。却(かへつ)て龍神の為(ため)に祟(たゝり)【崇は誤】を受(うけ)て死(し)せりとかや。守敏(しゆびん)かゝる例(ためし)を知(しり)
ながら一 時(じ)の妬心(としん)より空海(くうかい)に恥辱(ちじよく)【耻は俗字】を取(とら)せんと諸龍(しよりよう)を封(ふう)じて雨(あめ)を止(とゞ)むる偏執(へんしう)の念(ねん)こそ
浅猿(あさまし)けれ。抑(そも〳〵)天子(てんし)恐多(かしこく)も空海(くうかい)をして雨(あめ)を祈(いの)らせ給ふは。敢(あへ)て御 戯(たはふれ)にあらず。天下万民(てんかばんみん)
の困苦(こんく)を救(すく)はせ玉はんとの聖慮(せいりよ)にて在(ましま)すものを。私(わたくし)の遺趣(いしゆ)を以(もつ)て上(かみ)一人より下(しも)億兆(おくてう)
の歎(なげき)を顧(かへり)みざる事 天下(てんか)の罪人(つみんど)仏法(ぶつほふ)の悪魔(あくま)なり。それ天(てん)に向(みかひ)て唾(つ)を吐(はき)天を汚(けが)さんと