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せ寺内(じない)の庭(には)にて焼立(やきたて)させ給ふに。其(その)嗅気(しうき)さながら死人(しにん)を焼(やく)が如(ごと)し。空海和尚(くうかいおせう)また風(かぜ)
を呼(よぶ)法(ほふ)を修(しゆ)し給へば忽(たちま)ち東風(とうふう)吹発(ふきおこつ)て魚嗅(ぎよしう)を西(にし)へ吹送(ふきおく)りけるにぞ。西寺(さいじ)の守敏(しゆびん)
此(この)嗅気(にほひ)を嗅(かき)て。偖(さて)は空海(くうかい)我(わが)行法(ぎやうぼふ)の為(ため)に落命(らくめい)し今 火葬(くわそう)にしけるならんと大いに怡(よろこび)
慢心(まんしん)生(しやう)じて精神(せいしん)㢮(たゆ)み少時(しばらく)珠数(じゆず)を揉止(もみやみ)一息(ひといき)吻(ほ)と吐(つき)けるに忽(たちま)ち呼吸(こきう)の息(いき)断(たへ)悶(もん)
絶(ぜつ)辟地(びやくち)して其儘(そのまゝ)祈(いのり)の檀上(だんじやう)に斃(たをれ)死(し)したりけり。されば今(いま)の世(よ)まで鱅魚(このしろ)を家内(やのうち)
にて焼(やく)まじき事とは言(いひ)伝(つたへ)けり。嗟乎(あゝ)愚(おろか)なるかな守敏(しゆびん)一 朝(てう)の妬心(としん)より多年(たねん)練修(れんしゆ)
せし仏道(ぶつどう)の本意(ほんい)を忘(わす)れ。空海和尚(くうかいおせう)の如(ごと)き善知識(ぜんちしき)を咒咀(しゆそ)せんとし却(かへつ)て其身(そのみ)
を亡滅(ほろぼせ)る事 所謂(いはゆる)咒咀(しゆそ)諸(しよ)毒薬(どくやく)還著(げんぢやく)於本人(おほんにん)の経文(きやうもん)の如(ごと)し是(これ)しかしながら一ツは
諸龍(しよりよう)を封(ふう)じ困(くるし)めし祟(たゝり)【崇は誤】なるべし。慎(つゝし)むべきはし嗔(しん)𠹤(い)なり。偖(さて)も守敏(しゆびん)の弟子(でし)僧(そう)等(ら)は
師匠(しせう)が檀上(だんじやう)にて頓滅(とんめつ)せしを見て大いに駭(おどろ)き薬(くすり)よ水(みづ)よと立騒(たちさは)ぎ左右(とかく)して介抱(かいほう)し
けれども再(ふたゝ)び蘇生(よみがへる)こともなかりければ為方(せんかた)なく屍(むくろ)を収(おさ)めて守敏(しゆびん)が死没(しもつ)せし義(ぎ)を朝(てう)