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岐国(きのくに)へぞ流罪(るざい)に行(おこな)はれける。篁(たかむら)京師(みやこ)を出(いで)て物憂(ものうき)配所(はいしよ)へ赴(おもむ)く途中(とちう)にて謫行(てきかう)【ママ】の吟(ぎん)七
十 韻(いん)を賦(ふ)し。出雲路(いづもぢ)より船(ふね)にて隠岐国(おきのくに)へ渡(わたり)けるが。船中(せんちう)にて一 首(しゆ)の和哥(わか)を吟(ぎん)じ
都(みやこ)の友人(ゆうじん)のもとへ遣(つかは)しける其(その)哥(うた)に曰
和田(わだ)のはら八十島(やそしま)かけて漕出(こぎいで)ぬと人には告(つげ)よ海士(あま)のつり船(ふね)
斯(かく)て隠岐(おき)の配所(はいしよ)に著(つき)憂(うき)島守(しまもり)となりて日を送(おく)りける徒然(つれ〴〵)に
おもひきや鄙(ひな)のわかれにおとろへて海士(あま)の縄(なは)たき漁(いさり)せんとは
など打歎(うちなげ)きて配所(はいしよ)に明(あか)し暮(くら)しけるに。承和(しやうわ)七年二月 都(みやこ)より流罪(るざい)恩免(おんめん)の宣旨(せんじ)
を下されけるゆへ。篁(たかむら)大いに怡(よろこ)び同六月 帰洛(きらく)し参内(さんだい)して流罪(るざい)御 免(めん)の御 礼(れい)を申上
奉られける同八年の七月 本爵(もとのくらゐ)《割書:正五|位下》に復(かへ)され。同九年六月 陸奥(むつのく)の守護(しゆご)に任(にん)ぜられ
同八月 都(みやこ)へ還(かへ)り春宮(とうぐう)の学士(がくし)となり式部(しきぶ)の少輔(せうゆう)を兼(かね)。同十二年正月 従(じふ)四 位下(ゐのげ)を授(さづか)
り同十四年正月 参議(さんぎ)に叙(じよ)せられ。嘉祥(かじやう)元年 信濃守(しなのゝかみ)を兼(かね)仁寿(にんじゆ)元年の春 近(あふ)