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江守(みのかみ)を授(さづけ)らる。時(とき)に篁(たかむら)病(やまひ)に臥(ふし)て参内(さんだい)する事 能(あたは)ざりければ。文徳(もんとく)天皇 深(ふか)く矜(あは)
憐(れみ)給ひ。婁(しば〳〵)勅使(ちよくし)を以(もつ)て病(やまひ)を訪(とは)せ給ひ。金銭(きんせん)米穀(べいこく)を給(たま)はり。其年(そのとし)の十月 疾病(やまひ)
いまだ瘳(いえ)ざるゆへに勅使(ちよくし)を以(もつ)て従三位(じふさんみ)を授(さづけ)たまひ。仁寿(にんじゆ)二年十二月 遂(つひ)に病死(びやうし)せ
り寿(ことぶき)五十一 歳(さい)なり。上(かみ)天子(てんし)より下(しも)庶民(しよみん)にいたるまで其(その)秀才(しうさい)を惜(をし)まざるはなかりけり。抑(そも〳〵)
篁(たかむら)は敏達(びたつ)天皇の苗裔(べうえい)参議(さんぎ)正四位下(しやうしゐのげ)岑守(みねもり)の嫡男(ちやくなん)たり。岑守(みねもり)弘仁(かうにん)の初(はじめ)に陸(む)
奥守(つのかみ)に任(にん)ぜられて奥州(おうしう)へ下(くだ)りける折(をり)篁(たかむら)も父(ちゝ)に従(したが)ひ下りけるが。岑守(みねもり)任(にん)満(みち)て都(みやこ)へ
帰(かへる)におよびて篁(たかむら)学業(がくぎやう)を好(この)まず弓馬(きうば)の技(わざ)をのみ励(はげ)み学(まなび)ければ。嵯峨(さが)天皇 聞(きこし)食(めし)
你(なんじ)博学(はくがく)の岑守(みねもり)が子(こ)として学業(がくぎやう)を勉(つとめ)ず却(かへつ)て弓馬(きうば)の士(し)となるは奈何(いかに)と難(なん)じ玉
ひけるにぞ。篁(たかむら)勅言(ちよくげん)に深(ふか)く慚(はぢ)て初(はじめ)て学(がく)に志(こゝろざ)しけるに。天性(てんせい)の秀才(しうさい)なれば追々(おひ〳〵)学(がく)
業(ぎやう)上達(しやうたつ)し。弘仁(かうにん)十三年に甲科(かうくわ)の及第(きうだい)し。天長(てんてう)十年 春宮(とうぐう)の学士(がくし)となれり。元来(ぐわんらい)篁(たかむら)は
其(その)才(さい)衆(しゆう)に勝(すぐ)れ。手跡(しゆせき)を習(ならふ)に其(その)師(し)より遙(はるか)に勝(まさ)る筆勢(ひつせい)を顕(あらは)し。文字(もんじ)を読(よむ)に教(をしへ)を