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待(また)ずしてよく其(その)音訓(おんくん)を弁(べん)ず。篁(たかむら)いまだ十才の頃(ころ)或人(あるひと)其(その)才(さい)を試(こゝろみ)んとて子(し)の字(じ)十 字(じ)
書(かき)て。是(これ)は何(なに)と訓(よむ)べきやと問(とひ)けるに。篁 少(すこし)も思惟(しあん)する体(てい)もなく子子(ねこの)子(この)子子子(こねこ)子子(しゝの)子(この)
子子子(こじし)を訓(よみ)ければ其人(そのひと)驚歎(きやうたん)し此児(このじ)後年(こうねん)必(かなら)ず天下(てんか)の博士(はかせ)と成(なる)へしと舌(した)を捲(まい)て怕(おそ)れ
けるとなり。果(はた)して其(その)詞(ことば)のごとく成長(ひとゝなり)て博学(はくがく)能書(のふじよ)の誉(ほまれ)高(たか)し。一時(あるとき)篁(たかむら)一睡(いつすい)の夢(ゆめ)の内(うち)
に一 位(にん)の宦人(くわんにん)来(きた)り篁(たかむら)に向(むかひ)て曰。我(われ)は冥府(めいふ)の焰魔大王(ゑんまだいわう)【焔は俗字】の臣(しん)なり。我王(わがわう)新(あらた)に額(かく)を造(つく)り
公(きみ)を請(しやう)じて額面(がくめん)の書(しよ)を乞(こは)んとす。願(ねがは)くは労(らう)を辞(じ)せず来駕(らいが)なし給へと促(うなが)しけるゆへ
篁(たかむら)諾(だく)して宦人(くわんにん)に従(したが)ひ冥府(めいふ)に到(いた)り。森羅殿(しんらでん)に昇(のぼり)て焰魔王(ゑんまわう)【焔は俗字】に謁(えつ)し。其(その)需(もとめ)に応(おう)じて
額(がく)を書(かく)と見て夢(ゆめ)覚(さめ)たり。篁(たかむら)奇異(きい)の夢(ゆめ)を見けるかなとおもふ所(ところ)に。朱雀(しゆしやく)なる焰魔堂(ゑんまどう)
の住僧(ぢうそう)一 面(めん)の額(がく)を持来(もちきた)りて書(しよ)を乞(こひ)けるにぞ篁(たかむら)不思議(ふしぎ)に思(おも)ひ即(すなは)ち書(かき)て与(あたへ)けると
ぞ。元享釈書(けんかうしやくしよ)には此義(このぎ)を付会(ふくわい)して小野篁(おのゝたかむら)は千 本(ぼん)の焰魔堂(ゑんまどう)より冥途(めいど)へ通(かよ)へりと書(かけ)
り其実(そのじつ)は右に述(のぶ)るが如(ごと)し。是(これ)しかしながら篁(たかむら)の手跡(しゆせき)を鬼神(きしん)も感(かん)ぜし証(しるし)なるべし