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の帝(みかど)と書(かき)しは淳和天皇(じゆんわてんわう)の御事なり。桓武(くわんむ)天皇 平安城(へいあんじやう)を開(ひらき)給ひ大 内裡(だいり)を草創(さう〳〵)
し玉ひし時(とき)皇子(わうじ)公卿(こうけい)の子息(しそく)に学業(がくぎやう)を勤(つとめ)しめんため勧学院(くわんがくいん)を建(たて)給ひけるが。猶(なほ)
も後代(こうだい)勤学(きんがく)の便(たより)にとて大内(だいり)の東西(とうざい)に淳和院(じゆんわいん)奨学院(しやうがくいん)を建(たて)給ひ。両院(りよういん)ともに博(はく)
学(がく)多才(たさい)の人を択(えら)みて宿(やどら)しめ給ひ。書生(しよせい)を教導(きやうどう)させられ。其(その)別当(べつとう)は大宦(たいくわん)高貴(かうき)の人
を置(おき)給へり。是(こ)は且(しばらく)おき。同九年七月に前太上(さきのだじやう)天皇《割書:嵯|峨》崩御(ほうぎよ)なし給ふ宝算(おんとし)五十七才
とぞ聞(きこ)えし。此君(このきみ)はおりゐさせ玉ひてより嵯峨(さが)の離宮(りきう)に住(すま)せ給ひしゆへ。御 謚(おくりな)を嵯峨(さが)
天皇と申奉れり。かやうに前(さき)の太上皇(だじやうくわう)登霞(とうか)なし給ひて幾年(いくとし)も経(へ)ざるに。又 後(いま)の
上皇(じやうかう)雲隠(くもかぐれ)玉ひ。諒闇(りやうあん)打続(うちつゞき)ければ。上(かみ)天子(てんし)より下(しも)万民(ばんみん)まで哀動(あいどう)せざるはなかりけ
り。然(しかる)に忽(たちま)ち不測(ふしぎ)の珍事(ちんじ)出来(しゆつらい)しける。其(その)乱根(らんこん)を尋(たづぬ)るに。淳和帝(じゆんわてい)の皇子(みこ)恒(つね)
貞親王(さだしんわう)西院(さいいん)に在(ましま)しけるを。春宮(とうぐうの)帯刀(たてわき)伴健岑(ばんのこはみね)。但馬守(たじまのかみ)橘逸勢(たちばなのはやなり)の輩(ともがら)天晴(あはれ)
此君(このきみ)を取立(とりたて)まいらせ帝位(ていゐ)に即(つけ)奉り己々(おのれ〳〵)が権威(けんい)を振(ふる)はんと内々(ない〳〵)隠謀(いんばう)を企(くはだて)