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是彼(これかれ)一 味(み)の武士(ぶし)をかたらひ時節(じせつ)を窺(うかゞ)ひけるに。淳和帝(じゆんわてい)崩御(ほうぎよ)なし給ひければ。今は
事(こと)を発(はつ)せばやと思(おも)ひけれども。恒貞親王(つねさだしんわう)の御 伯父(おぢ)たる嵯峨(さが)の上皇(じやうかう)猶(なほ)世(よ)に在(ましま)せば
是(これ)を憚(はゞか)り大事(だいじ)を思立(おもひたつ)事もなかりしに。今年(ことし)嵯峨帝(さがてい)晏駕(あんが)なし給ひければ。今は
誰(たれ) 憚(はゞか)る所(ところ)なしと一 味(み)の族(やから)を招(まね)き集(あつ)め主上(しゆじやう)《割書:仁|明》を傾(かたむ)け奉らんと謀(はかり)けるぞ恐(おそれ)多(おほ)け
れ。昔(むかし)後漢(ごかん)の世(よ)に王密(わうみつ)という者 謀叛(むほん)を企(くはだて)けるが。楊震(やうしん)といふ人をかたらはずんば此(この)
大望(たいもう)成就(じやうじゆ)せじと。夜(よる)密(ひそか)に金(こがね)十 斤(きん)を懐(ふところ)にして楊震(やうしんが)許(もと)へいたり。金(かね)を与(あたへ)て大望(たいもう)
一 味(み)の事を頼(たのみ)ければ。楊震(やうしん)金(かね)を押戻(おしもど)し。此(この)隠謀(いんばう)四(よつ)の知者(しるもの)あり。決(けつ)して成就(じやうじゆ)すべからず
思止(おもひとま)り給へと諫(いさめ)ける。王密(わうみつ)不審(いぶかり)時(とき)今 深夜(しんや)にて更に知者(しるもの)なし。然(しかる)に四(よつ)の知者(しるもの)あり
とは如何(いかに)と難(なん)じけるに。楊震(やうしん)が曰。已(すで)に天知(てんしる)。地知(ちしる)。我知(われしる)。足下知(そくかしる)。是(これ)四(よつ)の知者(しるもの)有(ある)にあら
ずやと。王密(わうみつ)返(かへ)す詞(ことば)なく赤面(せきめん)して帰(かへり)りしゆへ。楊震(やうしん)隠謀(いんばう)に一 味(み)せず賢士(けんし)の誉(ほまれ)を
遺(のこ)せりとぞ。かゝる例(ためし)も有ものを。健岑(こはみね)。逸勢(はやなり)猶(なを)覚(さとら)ずして。おぼろげならぬ大望(たいもう)