Gallicaの日本資料を翻刻!

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文武(ぶんぶ)の百 官(くわん)を召(めさ)れて御 評議(ひやうぎ)の上。中納言(ちうなこん)継縄(つぐなは)を征東大使(せいとうたいし)とし大伴益立(おほとものましたち)紀古佐(きのこさ) 美(み)を副将軍(ふくしやうぐん)として軍勢(ぐんぜい)凡(およそ)九千 余騎(よき)を授(さづ)けられ。奥州(おうしう)の賊徒(ぞくと)を征伐(せいばつ)せしめたまひ 又 安部家麻呂(あべのいへまろ)を鎮狄将軍(ちんてきしやうぐん)とし出羽国(ではのくに)を守(まも)らしめられける斯(かく)て東征(とうせい)の将軍(しやうぐん)定(さたま)り ければ継縄(つぐなは)益立(ましだち)古佐美(こさみ)等(とう)を朝廷(てうてい)へめ召(めさ)れ。右大臣(うだいじん)を以(もつ)て詔命(みことのり)を伝(つたへ)しめ給ふやう。今般(こんはん) 奥州(おうしう)の兇賊(けうぞく)国司(こくし)を殺(ころ)し。郡県(ぐんけん)を侵(おか)して国中(こくちう)を擾乱(じやうらん)す。你等(いましら)疾(はや)く東国(とうごく)へ進発(しんばつ)し て賊徒(ぞくと)を刈(かり)【苅は俗字】夷(たいら)げ一国(いつこく)を平定(へいでう)せしむべし。忠戦(ちうせん)を励(はげ)み軍功(ぐんかう)を立(たつ)る輩(ともがら)【軰は俗字】は悉(こと〴〵)く記(き) 録(ろく)して捧(さゝげ)よ。平定(へいでう)の後(のち)其功(そのかう)に応(おふ)じて賞禄(せうろく)を与(あたふ)べしとなり。三 将(せう)此(この)倫命(りんめい)を奉(うけたま)はり て廷上(ていせう)に拝伏(はいふく)し臣們(しんら)勅命(ちよくめい)を首(かうべ)に頂(いたゞ)きて東国(とうごく)に馳向(はせむか)ひ一 命(めい)を拋(なげうつ)て軍戦(ぐんせん)を励(はげ)み不(ふ) 日(じつ)に勝軍(かちいくさ)を奏(そう)し奉るべしと啓奏(けいそう)し。禁廷(きんてい)を退出(まかんで)て列位(おの〳〵)私邸(やしき)に皈(かへ)り。出陣(しゆつぢん)の准備(ようい) を整(とゝのへ)て。宝亀(ほうき)十一年四月 下旬(げじゆん)。各将(おの〳〵)軍装(ぐんそう)花麗(はなやか)に飾(かざ)り都(みやこ)を発足(ほつそく)して東国(とうごく)へ下(くだ) りければ。禁廷(きんてい)よりは東(とう)八ヶ 国(こく)へ。奥州(おうしう)へ兵糧米(ひやうらうまい)を運送(うんそう)すべしとぞ触(ふれ)つたへさせ給ひける