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金窪(かなくぼ)胆沢(いさは)強勇(がうゆう)力戦(りきせん) 大伴益立(おほともましだち)敗軍(はいぐん)之条
伊治呰麻呂(いちのしまろ)は征東(せいとう)の宦軍(くわんぐん)下向(げかう)するよしを聞(きい)て。徒党(ととふ)の者(もの)どもを聚(あつめ)て軍議(ぐんぎ)を
なし。宦軍(くわんぐん)の寄来(よせきた)るべき路条(みちすじ)の悪所(あくしよ)難所(なんじよ)に柵(さく)を構(かま)へ。其(その)往来(わうらい)の路(みち)を塞(ふさ)ぎ。民(みん)
家(か)を毀(こぼち)て楯(たて)を造(つく)り。富(とめ)る者(もの)の米麦(こめむぎ)を奪取(ばいとつ)て兵糧(ひやうらう)に宛(あて)。京軍(きやうぐん)寄来(よせきた)らば微(み)
塵(ぢん)にせんと待(まち)うけたり。就中(なかんづく)白河(しらかは)の関(せき)の柵(さく)には。呰麻呂(しまろ)が両翼(りようつばさ)と憑切(たのみきつ)たる。金窪兵太(かなくぼひやうだ)胆(い)
沢(ざは)悪(あく)太郎 両人(りようにん)を主将(しゆせう)とし。七百余人を籠置(こめおき)【篭は俗字】ける。抑(そも〳〵)金窪(かなくぼ)胆沢(いざは)両人(りようにん)はいづれも身材(みのたけ)
六尺七八寸にて力量(りきれう)万人(ばんにん)に勝(すぐ)れ奔馬(はしるむま)をも抑止(おさへとめ)。鹿角(しかのつの)をも曳裂(ひきさき)。しかも弓馬(ゆみむま)打者(うちもの)
の達者(たつしや)なれば要害(ようがい)第(だい)一の柵(さく)を固(かた)めさせけるなり。去程(さるほど)に官軍(くわんぐん)は五月 上旬(じやうじゆん)奥州(おうしう)に
下著(げちやく)し。陣営(ぢんゑい)を構(かまへ)て三日(みつか)の間(あいだ)軍馬(ぐんば)を休(やす)め。偖(さて)軍(いくさ)の評議(ひやうぎ)し大伴益立(おほともましだち)を先陣(せんぢん)とし
紀古佐美(きのこさみ)を二 陣(ぢん)とし。三 陣(ぢん)は大将(たいせう)藤原継縄(ふぢはらのつぐなは)と定(さだ)めたり。斯(かく)て兵馬(へいば)とも十 分(ぶん)疲(つかれ)を休(やすめ)けれ
ば。先陣(せんぢん)大伴益立(おほともましだち)一千 騎(ぎ)にて押出(おしいだ)すに。軍(いくさ)珍(めづら)しき若殿(わかとの)們(ばら)逸(はや)り立(たち)寄合勢(よりあひぜい)の野武士(のぶし)