← 前のページ
ページ 354 / 521
次のページ →
翻刻
其余(そのよ)は是(これ)を略(りやく)す。裴頲(はいてい)は道真卿(みちざねけう)と心偎(こゝろぐま)なく睦(むつ)び交(まじは)りけるが。一時(あるとき)道真公(みちざねこう)に向(むか)
ひ予(われ)熟(つら〳〵)公(こう)の相貌(さうぼう)を見るに大(おほい)に貴相(たつときさう)あり必(かなら)ず三 公(こう)の位(くらゐ)に昇(のぼり)給ふべし。然(しかれ)ども久(ひさ)
しく高宦(かうくわん)に居(ゐ)玉はゞ遂(つひ)には御 身(み)に禍(わざはひ)及(およ)ぶ事あらん。されば宦位(くわんゐ)昇進(せうしん)し玉ふとも早(はや)く
宦位(くわんゐ)を辞(じ)して其(その)禍(わざはひ)を避(さけ)給へと申ければ。道真卿(みちざねけう)承引(しやういん)ありて其(その)厚情(かうじやう)を謝([し]や)し給ひ
けるが。後年(こうねん)果(はた)して裴頲(はいてい)の先見(せんけん)違(たがは)ざりけり。斯(かく)て裴頲(はいてい)は内裏(だいり)へ召(めさ)れ御 饗応(きやうおう)
ありて後(のち)御 暇(いとま)を給(たま)はりて帰国(きこく)しけり。抑(そも〳〵)菅原道真卿(すがはらのみちざねけう)と申は文章博士(もんじやうのはかせ)刑部卿(ぎやうぶけう)
菅原是善(すがはらのこれよし)の御息男(ごそくなん)にて。其(その)先祖(とふつおや)は神代(じんだい)天穂日命(あまのほひのみことの)御子(おんこ)天夷鳥命(あまのひなとりのみこと)より出(いで)たり
天夷鳥命(あまのひなとりのみこと)《割書:一名 武日(たけひ)|照命(てるのみこと)と云》出雲国(いづものくに)に天降(あまくだり)給ひ。天(あめ)より齎(もたら)し給ふ所の神宝(かんたから)を杵築(きつき)の神宮(じんぐう)
に納(おさめ)給ふ《割書:杵築神宮(きつきのじんぐう)は今の|出雲(いづも)の大社(おほやしろ)なり》其(その)十二 世(せ)の孫(そん)を鸕濡渟命(うかつくのみこと)と申せり。是(これ)を出雲(いづも)の国造(こくそ)
と定(さだめ)らる鸕濡渟命(うかつくのみこと)の弟(おとゝ)を甘実乾飯根命(うましほしいねのみこと)と申せり。其子(そのこ)を野見宿祢(のみのすくね)と云(いひ)て
天性(てんせい)智才(ちさい)秀(ひいで)また。親(しん)に事(つかへ)て孝心(かうしん)深(ふか)く。然(しか)も力量(りきりやう)衆(しゆう)に勝(すぐれ)たり。曽(かつ)て幼年(ようねん)の頃(ころ)父(ちゝ)