← 前のページ
ページ 355 / 521
次のページ →
翻刻
に後(おくれ)成長(ひとゝなる)に随(したが)ひ母(はゝ)に事(つかへ)て至孝(しいかう)なり。同郷(おなじさと)に小勝間太鳧(こかつまのたける)【鳬は鳧の俗字】と呼(よべ)る壮士(そうし)あり。是(これ)も野見(のみの)
宿祢(すくね)に劣(おとら)ぬ力士(りきし)にて。生得(しやうとく)義(ぎ)を好(この)み宿祢(すくね)と莫逆(ばくげき)の友(とも)にて。同胞(きやうだい)のごとく睦(むつ)び交(まじは)りける
其頃(そのころ)は人皇(にんわう)十一代 推仁(すいにん)【垂仁の誤】天皇の御宇(ぎよう)にて纏向(まきむくの)珠城宮(たまきのみや)に皇居(かうきよ)なし給ふに。禁門(きんもん)の衛護(まもり)
のためとて天下(てんか)の力者(りきしや)を捽(すぐ)り御門(ごもん)を固(かため)しめ給ひける。其中(そのなか)に大和国(やまとのくに)の住人(ぢうにん)に当麻蹶速(たへまのけばや)
といへる大力(だいりき)の者(もの)ありて。誰(たれ)あつて蹶速が力量(りきれう)に及(およ)ぶ者(もの)なし。是(これ)に依(よつ)て禁廷(きんてい)へ召(めさ)れ御
門(もん)の固(かため)となし給ひて多(おほ)くの食田(しよくでん)を賜(たまは)りけるに。蹶速は己(おの)が力(ちから)の勝(すぐれ)たるを慢(まん)じ。天(あめ)が下(した)に
我(われ)に敵(てき)する者なしと誇(ほこ)り。朝廷(てうてい)の高位(かうゐ)の人々(ひと〴〵)をも小児(せうに)のごとく欺(あざむ)き慢(あなど)り頗(すこぶ)る無礼(ぶれい)の行条(ふるまひ)
多(おほ)けれども。公卿(くげう)も渠(かれ)が力量(りきし[ママ]やう)に怖(おそ)れ。誰(たれ)咎(とがむ)る人もなく其儘(そのまゝ)にさしおかれければ。蹶速(けばや)は愈(いよ〳〵)
我慢(がまん)に募(つの)り。朝廷(てうてい)に人なきが如(ごと)く動止(ふるまひ)ける。其義(そのぎ)後(のち)には睿聞(ゑいぶん)に達(たつ)し帝(みかど)も蹶速を憎(にくみ)
疎(うと)んじ給へども。渠(かれ)を故(ゆへ)なく追退(おひしりぞ)けなば乱(らん)を起(おこ)さん事を慮(おもんぱか)らせ給ひて睿慮(ゑいりよ)を煩(わづら)はし
給ひ。臣下(しんか)を召集(めしつどへ)られて勅詔(みことのり)し給ふやうは。諸国(しよこく)の中(うち)にて力量(りきれう)強(つよ)き者(もの)を召上(めしのぼ)し蹶速(けばや)と力(ちから)