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御 不興気(ふけうげ)に入御(じゆぎよ)なし給ひ。諸卿(しよけう)とても蹶速(けばや)を忌(いみ)疎(うとん)じければ。天晴(あはれ)小勝間(こかつま)勝(かて)よ
かしと祈(いの)らぬ人もなかりけるに。案(あん)に相違(さうゐ)して蹶速(けはや)勝(かち)をとりしゆへ。列位(おの〳〵)望(のぞみ)を失(うしな)
ひ誰(たれ)一人 蹶速(けはや)が勝(かち)を誉(ほめ)る者(もの)もなく。堂上(どうせう)堂下(どうか)しらけ反(かへ)り。太鳧(たける)が屍(むくろ)をとり
收(おさめ)させ其日の角力(すまふ)は偖(さて)止(やみ)けり。それより蹶速(けはや)は愈(いよ〳〵)慢心(まんしん)増長(ぞうてう)し朝廷(てうてい)の公卿(くげう)に非(ひ)
礼(れい)をなす事 以前(いぜん)に十 倍(ばい)しけるゆへ。満朝(まんてう)の百司(ひやくし)百宦(ひやくくわん)末々(すへ〴〵)の下郎(げらう)にいたるまで。渠(かれ)を
疫病神(やくびやうかみ)のごとく忌(いみ)悪(にく)みける。去程(さるほど)に小勝間太鳧(こかつまたける)蹶速(けはや)が為(ため)に角力(すまふ)に負(まけ)其場(そのば)にて
落命(らくめい)せし事 諸国(しよこく)に隠(かくれ)なく。出雲国(いづものくに)へも聞(きこ)えければ。野見宿祢(のみのすくね)大いに駭(おどろ)き太鳧(たける)
が死(し)を悼(いた)み蹶速(けはや)が挙動(ふるまひ)を憤(いきどふ)れども。母(はゝ)の病(やまひ)いまだ平愈(へいゆ)せざれば牙(きば)を咬(かん)でぞ日(ひ)を
送(おく)りける。然(しかる)に宿祢(すくね)が母(はゝ)は日々(ひゞ)に患病(いたつき)薄(うす)らぎければ。一日(あるひ)我子(わがこ)を呼(よび)て申されけるは。先頃(さいつころ)
より人々(ひと〴〵)の風説(とりさた)【凬は古字】には你(なんじ)が友(とも)の小勝間太鳧(こかつまたける)都(みやこ)にて当麻蹶速(たへまのけはや)といへる人と競力(ちからくらべ)をし
対手(あいて)に負(まけ)て命(いのち)を亡(うしな)ひしとや。いとも便(びん)なき事なり。你(なんじ)と太鳧(たける)とは兄弟(きやうだい)よりも交(まじは)り深(ふか)