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かりしに其(その)仇(あだ)をも復(かへ)さず他(よそ)に聞捨(きゝすつ)るは義(ぎ)に疎(うと)きに似(に)たり。且(かつ)は太鳧(たける)が妻(つま)及(およ)び渠(かれ)が
親族(うらから)【ママ 注】も你(なんじ)を言甲斐(いひがひ)なしと怨(うら)むべし。此頃(このごろ)我(わが)患病(いたつき)日々(ひゞ)に怠(おこた)り。今は平愈(へいゆ)するに
程(ほど)もあらじ。されば我病(わがやまひ)を念(ねん)にかけず。一日も早(はや)く都(みやこ)へ上(のぼ)り。彼(かの)蹶速(けばや)と競力(ちからくらべ)をなして
太鳧(たける)がために仇(あだ)を復(かへ)せよ。最(もつと)も勝負(しやうぶ)は時(とき)の運(うん)によれば。你(なんじ)彼(かの)蹶速のために力競
に負(まけ)て命(いのち)を落(おと)すとも朋友(ほうゆう)の信(しん)は立(たつ)べし。疾々(とく〳〵)思立(おもひたち)候へと。義(ぎ)を勧(すゝ)め励(はげま)しければ
宿祢(すくね)大に怡(よろこ)びて拝謝(はいじや)し。是(こ)は難有(ありがたき)御 教訓(きやうくん)を蒙(かふむ)り候ものかな。某(それがし)素(もとよ)り一 命(めい)を
拋(なげうつ)て太鳧(たける)が為(ため)に讎(あだ)を復(かへさ)まほしくおもひ候へども。我母(わがはゝ)患病(やまひ)に染(そみ)給ふを見捨(みすて)
奉るは子(こ)たるの道(みち)にあらず。朋友(ほうゆう)の信(しん)も孝道(かうどう)には換(かへ)がたく。今日(こんにち)まで黙止(もだし)候ひ
しに。母(はゝ)の病(やまふ)追々(おひ〳〵)怠(おこた)り給ふ上。今また御 暇(いとま)を給(たま)はり候上は。都(みやこ)へ上(のぼ)り蹶速(けはや)と力(ちから)を
競(くらべ)候べしとて。俄(にはか)に発足(ほつそく)の准備(こゝろがまへ)し。親族(しんぞく)家僕(いへのこ)などに母(はゝ)の身(み)の上を悃(ねんごろ)にたのみ
おき。老母(らうぼ)に辞(いとま)を告(つげ)て邸舎(やしき)を立出(たちいで)。勇(いさ)み進(すゝ)んで都(みやこ)を望(のぞ)み路(みち)を急(いそ)ぎつゝ。往(ゆき)
【注 法政大学 国際日本学研究所所蔵資料アーカイブスの『扶桑皇統記図会』は「うらから」。国立国会図書館デジタルコレクション『扶桑皇統記図会』は「はらから」。普通「親族」は「うから」或は「うがら」かと。】