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しけれども斯(かく)て闘争(とうじやう)の基(もとゐ)となりて人を損(そん)ずれば甚(はな)はだ宜(よろ)しからずとて対人(あいて)を殺(ころす)
事を堅(かた)く禁(きん)じけり。されば其(その)以後(いご)は角力(すまふ)に対人(あいて)を殺(ころ)す事 止(やみ)たり。此(この)野見宿祢(のみのすくね)が
則(すなは)ち菅家(かんけ)の鼻祖(とふつおや)にて相撲(すまふ)の祖神(そじん)と仰(あふ)がれ。出雲(いづも)の大社(おほやしろ)の末社(まつしや)の中(うち)に祭(まつ)られ。亦(また)
泉州(せんしふ)石津(いしづ)の社(やしろ)の摂社(せつしや)にも大野見宿祢命(おほのみのすくねのみこと)と崇(あがめ)祭(まつ)れり角力道(すまふどう)に依(よる)人(ひと)は必(かなら)ず
尊信(そんしん)すべき神(かみ)なり
因(ちなみ)に曰 朝廷(てうてい)相撲(すまふ)の節会(せちゑ)は人皇(にんわう)四十五代 聖武天皇(しやうむてんわう)の御宇(ぎよう)神亀(じんき)三年七月
二十八日 初(はじめ)て諸国(しよこく)の力者(りきしや)を召上(めしのぼ)されて。禁廷(きんてい)に於(おい)て角觝(すまふ)をとらせ給ふ。是(これ)角力(すまふ)の
節会(せちゑ)の起源(おこり)なり。是(これ)より年中行事(ねんぢうぎやうじ)の一ツとなり。朝廷(てうてい)より諸国(しよこく)へ力者(りきしや)を召抱(めしかゝへ)に
遣(つかは)し給ふ宦人(くわんにん)を部頭使(ことりづかひ)と謂(いへ)り。猶(なを)相撲(すまふ)の式別(しきべつ)に一 書(しよ)を著(あらは)し委(くはし)く述(のぶ)べけれ
ば茲(こゝ)に略(りやく)す
偖(さて)も野見宿祢(のみのすくね)は故郷(こけう)の老母(らうぼ)を迎(むかへ)とりて孝養(かうやう)を尽(つく)し。勿論(もちろん)朝家(てうか)に事(つかへ)て忠勤(ちうきん)を