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は何国(いづく)の誰(た)そと問(とは)れけるに。童子(どうじ)袖(そで)をかき合(あは)せ。丸(まろ)には父(ちゝ)もなく母(はゝ)もなし。君(きみ)の子(こ)と
ならまほしく此処(こゝ)へ来(きた)れり。冀(こひねがは)くは子(こ)となし玉ひて慈愛(いつくしみ)を垂(たれ)給へと。いと長者(おとな)しく答(こたへ)
けるにぞ。是善卿(ぜゝんけう)大いに怡悦(いゑつ)あり。是(これ)天(てん)より此(この)一子(いつし)を授(さづけ)我(わが)家名(かめい)を相続(さうぞく)せしめ玉ふ
ならんと打(うち)点首(うなづき)。よくこそ来(きた)り給ひしかな予(よ)も家(いへ)を嗣(つが)すべき男子(なんし)なければ。今より
你(おこと)を子(こ)とすべしと。抱(いだ)きとりて館(やかた)【舘は俗字】へかへると思(おも)はるれば。忽(たちま)ち眼(め)覚(さめ)て一 場(ぢよう)の夢(ゆめ)なりけ
り。是善卿(ぜゝんけう)大いに望(のぞみ)を失(うしな)はれ。偖(さて)は予(われ)年来(としごろ)世嗣(よつぎ)を得(え)ん事を欲(ほり)せしゆへかゝる思夢(しむ)を
見たりと本意(ほい)なくおもひて一 両日(りやうにち)を過(すご)されけるに。かの渡会春彦(わたらゑはるひこ)勢州(せいしう)より上(のぼ)り
来(きた)り。是善卿(ぜゝんけう)に謁(えつ)して霊夢(れいむ)を蒙(こふむ)りしよしを語(かた)りけるにぞ。是善卿(ぜゝんけう)奇異(きい)の思(おもひ)を
せられ。斯(かく)ては予(わが)先夜(ぜんや)見しも思夢(しむ)にはあらで正夢(まさゆめ)なりけりといと頼母(たのも)しくおもひ。春彦(はるひこ)
には多(おほく)の引出物(ひきでもの)を与(あたへ)て帰(かへら)しめられけるが。果(はた)して北堂(きたのかた)伴氏(ばんし)其月(そのつき)より妊娠(にんしん)ありければ
是善卿(ぜゝんけう)怡(よろこ)び斜(なゝめ)ならず。胎養(たいやう)遺(のこ)る方(かた)なく心を添(そへ)月(つき)の満(みつ)るを指(ゆび)を算(かぞへ)て待(また)れけるに