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程(ほど)なく其年(そのとし)も暮(くれ)て。明(あく)れば承和(しやうわ)十二年 乙丑(きのとうし)正月 北堂(きたのかた)聊(いさゝか)も産(さん)の悩(なやみ)なく平(たいらか)に玉(たま)
のごとき男子(なんし)降誕(かうたん)ありける。是善卿(ぜゝんけう)の御 悦(よろこび)はいへば更(さら)なり館(やかた)の上下 勇(いさ)み怡(よろこ)ばずと
いふ者(もの)なく一 門(もん)縁体(えんてい)の人々(ひと〴〵)より慶賀(けいが)の使者(ししや)門前(もんぜん)に市(いち)をなしけり。是善卿(ぜゝんけう)は望(のぞみ)の如(ごと)
く世嗣(よつぎ)の男子(なんし)を儲(まうけ)し事 偏(ひとへ)に渡会春彦(わたらへはるひこ)が祈祷(きとう)の丹誠(たんせい)に因(よる)ところなりとて。平産(へいさん)
の事を。使者(ししや)を以(もつ)て勢州(せいしう)山田(やまだ)の春彦(はるひこ)が方(かた)へ告知(つげしら)されければ。春彦(はるひこ)も大いに悦(よろこ)び使者(ししや)
と同道(どう〳〵)して祝(しゆく)しの為(ため)都(みやこ)へ上(のぼ)りけり。然(しかる)に菅家(かんけ)には誕生(たんじやう)の若君(わかぎみ)何(いか)なるゆへにや出生(しゆつせう)の
後(のち)昼夜(ちうや)啼(なき)むつかりて止(やみ)玉はず。是善卿(ぜゝんけう)御夫婦(ごふうふ)是(これ)を厭(いと)はれ薬湯(やくたう)を用(もち)ひ或(あるひ)は神(かみ)の
守札(まもり)仏(ほとけ)の咒符(じゆふ)などを掛(かけ)させ。百般(さま〴〵)手(て)を竭(つく)されけれども曽(かつ)て其(その)験(しるし)もなく啼(なき)むつかる
事 止(やま)ざりければ。皆(みな)殆(ほとん)どもてあまされけるに。渡会春彦(わたらへはるひこ)は使者(ししや)と同伴(どうばん)して京着(きやうちやく)し
菅家(かんけ)へ参上(さんじやう)して若君(わかぎみ)の御 誕生(たんじやう)を慶賀(けいが)し。おもふ旨(むね)あれば是善卿(ぜゝんけう)へ願(ねが)ひ北堂(きたのかた)の丙舎(へや)
へ参(まい)り若君(わかぎみ)の御 皃(かほ)を見まいらすに誠(まこと)に玉(たま)のごとき御 男子(なんし)にて然(しか)も先年(せんねん)夢(ゆめ)に見たりし