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年(ねん)菅秀才(かんしうさい)十一才になり給ふ。其(その)正月の半(なかば)の頃(ころ)春(はる)の夜(よ)の空(そら)快(こゝろよ)く霽(はれ)庭前(ていぜん)の梅花(ばいくわ)も
咲(さき)匂(にほ)ひ梅月(ばいげつ)姸(けん)【妍は略字】を争(あらそ)ひて限(かぎり)なく面白(おもしろ)き景色(けしき)なりければ是善卿(ぜゝんけう)飽(あか)ぬながめに興(けふ)
を催(もよほ)され菅秀才(かんしうさい)に向(むか)ひ你(なんじ)良香(よしか)に就(つき)て物(もの)学(まな)びすれば詩作(しさく)の事(こと)をも少(すこし)は聞(きゝ)つら
め。今宵(こよひ)の風情(ふぜい)を詩(し)に作(つくり)てんやと戯(たはむれ)に問(とは)れけるに。菅秀才(かんしうさい)唯々(いゝ)として少(すこ)しも辞(じ)
する色(いろ)もなく筆紙(ひつし)を執(とり)て月夜即事(げつやのそくじ)と題(だい)し更(さら)に案(あん)を練(ねり)給ふ体(てい)もなく
月輝(つきのひかりは)《振り仮名:如_二晴雪_一|はれたるゆきのごとく》 梅花(ばいくわは)《振り仮名:似_二照星_一|てれるほしににたり》 《振り仮名:可_レ憐|あはれむべし》金鏡転(きんけうのてんじて) 庭上(ていせうに)玉芳(ぎよくはうの)馨(かうばしきを)
と一 首(しゆ)を賦(ふ)してさし出(いだ)し給ひける是(これ)菅公(かんこう)詩(し)を作(つくり)給ふ初(はじめ)なり。是善卿(ぜゝんけう)大いに駭(おどろ)き感(かん)
ぜられ。你(なんじ)いまだ成童(せいどう)の年(とし)にだも至(いたら)ずしてかゝる佳句(かく)を吐(はく)事(こと)予(われ)も猶(なを)及(およば)ずと御 賞美(せうび)
あり。我家(わがいへ)を興(おこ)すべき者(もの)は此児(このじ)なりと心中(しんちう)に末(すへ)頼母(たのも)しくぞ思(おも)はれける。其後(そのゝち)天安(てんあん)二
年(ねん)十四才にて臘月(らうげつ)に独興(どくけう)の詩(し)を賦(ふ)せられける。其詩(そのし)に曰(いはく)
玄冬(げんとう)律迫(りつせまり)正(まさに)《振り仮名:堪_レ嗟|なげくにたへたり》 還(かへつて)喜(よろこぶ)《振り仮名:向_レ春不_二敢賖_一|はるにむかふにあへてはるかならす》 《振り仮名:欲_レ尽|つきんとほつする》寒光(かんかう)休(やすむこと)幾干(いくばくぞ)