Gallicaの日本資料を翻刻!

コレクション: コレクション1

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宝位(みくらゐ)をすべらせ奉(たてまつ)れり。此上(このうへ)は何(いづ)れの宮(みや)をか王位(わうゐ)に即(つけ)奉るべきと評議(ひやうぎ)ありけるに。衆(みな) 其身(そのみ)々々(〳〵)の贔屓(ひいき)の宮方(みやがた)を勧(すゝ)めて群議(ぐんぎ)さらに一 決(けつ)せず。左大臣(さだいじん)融公(とふるこう)は正(まさ)しく嵯峨天皇(さがてんわう) の皇子(わうじ)なれば。我(われ)こそ帝位(ていゐ)を践(ふむ)べけれと其(その)色(いろ)を仄(ほの)めかされけれども。基経公(もとつねこう)承引(せういん)せ られず一 旦(たん)人臣(じんしん)に列(つらな)りたる人 践祚(せんそ)ありし例(れい)なしとて。故(こ)仁明(にんみやう)天皇 第(だい)三の皇子(みこ)の時康(ときやす) 親王(しんわう)仁徳(じんとく)を備(そな)へ節倹(せつけん)を守(まも)り己(おのれ)を小(せめ)人(ひと)を礼(うやま)ふ賢君(けんくん)なれば。此君(このきみ)を九五(きうご)の位(くらゐ)に即(つけ) 奉るに如(しく)べからずとて時康親王(ときやすしんわう)を五十八代の帝(みかど)となし奉らんと定(さだ)められければ。大納言(だいなごん)藤(ふぢ) 原良世(はらのよしよ)同(おなじく)冬緒(ふゆを)中納言(ちうなごん)在原行平(ありはらのゆきひら)同 源能有(みなもとのよしあり)を首(はじめ)として満座(まんざ)の公卿(こうけい)面(おもて)を見合(みあは)し 彼(かの)時康親王(ときやすしんわう)は行迹(かうせき)正(たゞし)き君(きみ)ながら。御 年(とし)已(すで)に五十五才にて余(あま)りに年(とし)闌(たけ)給ひ且(かつ)先達(さきたつ)て 薨去(こうきよ)ありし釣殿(つりどの)の君(きみ)の御 父(ちゝ)なり。彼(かの)釣殿(つりどの)の死霊(しりやう)ゆへに先帝(せんてい)狂病(きやうびやう)を発(はつ)し給へりと世(よ) に風説(とりさた)すれば上皇(ぜうかう)の御 憤(いきどふ)りも量(はかり)がたく。又御 舅(しうと)同前(どうぜん)の宮(みや)を帝位(ていゐ)に即(つけ)られん事 如何(いかゞ) あらんと思(おも)はれけれども。当時(とうじ)権勢(けんせい)肩(かた)を並(ならぶ)る人なき摂政(せつしやう)の詞(ことば)なれば。誰(たれ)か一 言(ごん)を発(はつ)する