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軍(ぐん)は勝(かつ)に乗(のつ)て追伐(おひうち)し思(おも)ひ〳〵に分取(ぶんとり)高名(かうめう)しけり。宦軍(くわんぐん)の二 陣(ぢん)紀古佐美(きのこさみ)は先陣(せんぢん)より
遙(はるか)に後(おく)れて押出(おしいだ)しけるに。大伴益立(おほともましだち)初(しよ)度(ど)【注➀】の合戦([か]つせん)に伐負(うちまけ)しと聞(きい)て半途(はんと)に勢(せい)を
止(とゞ)め先陣(せんぢん)の動止(ようす)を聞合(きゝあは)さしむるに。益立(ましだち)が勢(せい)総敗軍(そうはいぐん)に及(および)しと回報(かへりほう)ずる間(ま)もな
く早(はや)先陣(せんぢん)の敗卒(はいそつ)追〱(おひ〳〵)敗来(にげきた)りけるゆへ。古佐美(こさみ)勢(せい)を左右(さいう)へ引分(ひきわけ)て逃来(にげく)る味方(みかた)
を通(とふら)しめ。敵(てき)追来(おひきた)らば横矢(よこや)に射(い)んと。精兵(せいびやう)を揃(そろ)へ矢襖(やぶすま)を造(つくつ)て待(まち)かけたりされども
賊方(ぞくがた)は敵(てき)の新兵(あらて)左右(さいう)に分(わか)れて隊(そなへ)しは謀(はかりこと)有(ある)なるべし長追(ながおひ)なせそと敵(てき)を追捨(おひすて)て手(て)
軽(がる)く柵(さく)へ引入(ひきいり)ける此日(このひ)賊方(ぞくがた)へ討取(うちとる)首(くび)二百 余級(よきう)に及(およ)びければ。手始(てはじめ)よしと悦(よろこ)びて勝鬨(かちどき)を
発(つく)り京軍(きやうぐん)は兵(へい)を多(おほ)く折(くじ)き手負(ておひ)数多(あまた)にて大いに軍威(ぐんい)をぞ損(おと)しける
《振り仮名:於_二阿猥河_一宦軍与_二夷賊_一摂戦|あふくまがはにくわんぐんいぞくとせつせんす》【注②】 大伴益立(おほともましだち)不覚(ふかく)之条
大伴益立(おほともましだち)敵(てき)を軽(かろ)んじて不覚(ふかく)の敗軍(はいぐん)しければ。大将(たいせう)継縄(つぐなは)気色(けしき)を損(そん)じ。益立(ましだち)を呼(よび)
出(いだ)して軍慮(ぐんりよ)の足(たら)ざるを責(せめ)叱(しか)り。又両三日 軍儀(ぐんぎ)に日を送(おく)り。此度(このたび)は紀古佐美(きのこさみ)に一千五
【注① 国立国会図書館デジタルコレクション『扶桑皇統記図会』による。】
【注② 「猥」は「隈」の誤記か】