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大いに余波(なごり)を惜(をし)み泣々(なく〳〵)御 見送(みおくり)をなして後(のち)姉妹(おとゞい)ともに髻(もとゞり)をはらひて尼(あま)となり
亡母(なきはゝ)及(およ)び牟礼(むれ)高松(たかまつ)の後世(ごせ)を悃(ねんごろ)に弔(とふら)【吊は俗字】ひけるとなん
清和上皇(せいわじやうくわう)御登霞(ごとうか) 禁廷(きんてい)種々(しゆ〴〵)怪異(けい)之(の)条(くだり)
前太上天皇(さきのだぜうてんわう)は《割書:清|和》陽成上皇(やうぜいぜうかう)の御 狂病(きやうびやう)を歎(なげ)き給ひ。是(これ)朕(ちん)が兄宮(このかみ)惟喬親王(これたかしんわう)に一 旦(たん)の
辞譲(じぜう)もなく帝位(ていゐ)に即(つき)しを天照太神(てんせうだいじん)の咎(とがめ)給ふなるべしなどゝ迄(まで)思召(おぼしめし)悔(くや)ませ玉ひ
遂(つひ)に御 落飾(らくしよく)在(ましま)し。斗薮行脚(とそうあんぎや)のためとて。近江(あふみ)丹波(たんば)摂津(せつつ)等(とう)の山々(やま〳〵)寺々(てら〴〵)を順拝(じゆんはい)
なし玉ひける。是(これ)偏(ひとへ)に後太上天皇(のちのだぜうてんわう)の御 狂病(きやうびやう)御 平愈(へいゆ)のためとぞ聞えし。然(しかれ)ども至(し)
尊(そん)の御 身(み)として軽々(かる〴〵)しく諸国(しよこく)へ行幸(みゆき)なし玉ひ更(さら)に其(その)御 在所(ざいしよ)をも定(さだ)め玉はざれば。主上(しゆぜう)も
是(これ)を患(うれ)ひ給ひ。前上皇(さきのぜうかう)に近侍(きんじ)し奉(たてまつ)る公卿(くげう)も行幸(みゆき)の度(たび)毎(ごと)に東西南北(あなたこなた)へ走(はし)りて殆(ほとん)ど
迷惑(めいわく)しけり。一時(あるとき)関白(くわんばく)基経公(もとつねこう)上(ぜう)皇を種々(さま〴〵)諫奏(かんそう)し奉られけるに。太上皇(だぜうかう)仰(あふせ)けるやう朕(ちん)
近国(きんごく)の霊場(れいぢやう)を拝(おが)み巡(めぐ)る事。朕(ちん)が身(み)の後世(ごせ)仏果(ぶつくわ)の為(ため)にあらず。後(のち)の太上皇(だぜうかう)の狂病(けうびやう)平(へい)