Gallicaの日本資料を翻刻!

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使者(ししや)を時平(ときひら)の館(やかた)【舘は俗字】へ走(はし)らせ。先剋(せんこく)は光駕(こうが)を曲(まげ)られ忝(かたしけな)く候。但(たゞ)し御 座興(ざけう)に愚妻(ぐさい)を召連(めしつれ) 御 帰(かへり)有しよし。国経 酖醉(ちんすい)【耽は誤】して御 見送(みおくり)仕らず失敬(しつけい)の罪(つみ)を免(ゆる)され賎妻(せんさい)を帰(かへ)し給(たま)はるべしと 申 遣(つかは)されけるに。時平 執奏(とりつぎ)の青侍(わかさむらひ)を以(もつ)て。先剋(さきに)は種々(しゆ〴〵)奔走(ほんそう)に預り怡(よろこび)に不堪(たへず)候。其 砌(みぎり)北堂 を御 引出(ひきで)物に賜(たまは)りしゆへ。辞退(じたい)に及(およば)ず具(ぐ)して還(かへ)り候。然(しかる)上は今 更(さら)返(かへ)し進(まいら)せがたく候と言(いは) せ敢(あへ)て返(かへ)されざりければ。使者(ししや)も為方(せんかた)なく立 帰(かへつ)て。主人(しゆじん)に時平の返答(へんとふ)の趣(おもむ)きを告(つげ)ける にぞ。国経(くにつね)惘果(あきれはて)【旁の「岡」は誤】最愛(さいあい)の妻(つま)を奪(うば)はれし事なれば身を燃(もや)して恨(うら)み憤(いきどふ)られけれども。当時(とうじ)執政(しつせい) の時平(ときひら)なれば奈何(いかん)とも仕(し)がたく。無念(むねん)ながら其 儘(まゝ)さし置(おか)れけり。時平は彼(かの)婦人(ふじん)を奪(うばひ)とり てより昼夜(ちうや)側(そば)を放(はな)さず寵愛(てうあい)し。遂(つひ)に一 子(し)を儲(まうけ)られたり。後(のち)に中 納言(なごん)敦忠(あつたゞ)と申は是(これ)なり 此 北堂(きたのかた)は在原業平(ありはらのなりひら)の子息(しそく)棟梁(むねやな)の女(むすめ)也とぞ。是(これ)に依(よつ)て世人(よのひと)知(しる)も不知(しらぬ)も時平の不義(ふぎ)我(わが) 意(まゝ)を爪弾(つまはぢき)して憎(にく)み訕(そし)れども。其 権勢(けんせい)に怕(おそ)れ。誰(たれ)か一人 表向(おもてむき)にて諫言(かんげん)する人も無(なか)りけり 斯(かく)て昌泰(しやうたい)二年 己未(つちのとひつじ)【注】の二月。帝(みかど)の睿慮(ゑいりよ)にて時平(ときひら)を左大臣(さだいじん)に任(にん)じ給ひ。道真卿(みちざねけう)を右大 【注 昌泰二年は「己未」なので「つちのへ」は誤】