Gallicaの日本資料を翻刻!

コレクション: コレクション1

- 翻刻

 - ページ 425

ページ: 425

翻刻

臣(じん)に任(にん)じ給へり。此時(このとき)より道真公(みちざねこう)を世人(よのひと)管丞相(かんせう〴〵)と称(せう)しけり。丞相(せう〴〵)は大臣(だいじん)の唐名(からな)なるゆへなり 又 此時(このとき)帝(みかど)の外祖(ぐわいそ)藤原高藤(ふぢはらのたかふぢ)。仁明帝(にんみやうてい)の皇子(みこ)たる源光(みなもとのひかる)二人ともにいまだ大納言(だいなごん)たりしかば 菅公(かんこう)心中(しんちう)に思召(おぼしめし)けるは。時平(ときひら)は照宣公(せうせんこう)の子息(しそく)にて代々(だい〳〵)大臣(だいじん)の家柄(いへがら)なれば。左大臣(さだいじん)に任(にん)じ給ふ 事 理(り)の当然(とうぜん)なれども。我(われ)は儒宦(じゆくわん)の卑(いやし)きより起(おこ)りて。家(いへ)に例(ためし)なき右大臣に登用(とうよう)せられ。其(その)位(くらゐ)貴(き) 族(ぞく)たる高藤(たかふぢ)光(ひかる)等(とう)の人々(ひと〴〵)より上(かみ)に立(たつ)事(こと)憚(はゞか)りあり。先年(せんねん)渤海(ぼつかい)の使者(ししや)裴頲(はいてい)。我(われ)を相(さう)し位(くらゐ) 三 公(こう)に昇(のぼる)るべけれども。久(ひさ)しく高宦(かうくわん)に居(ゐ)ば身(み)に災害(わざわひ)及(およぶ)べしと言(いひ)し先見(せんけん)符節(ふせつ)を合(あは)すが如(ごと)し 尤(もつとも)国家(こくか)の為(ため)を存(ぞん)し。身(み)に禍(わざはひ)の及(およぶ)は忠臣(ちうしん)たる者の厭(いとふ)べきにあらざれども。貴族(きぞく)を乗踰(のりこえ)て 其上(そのかみ)に立(たゝ)んは高天(かうてん)へ畏(おそれ)ありとて。表(へう)を奉(たてまつ)りて再三(さいさん)宦位(くわんゐ)を辞(じ)し給へども。主上(しゆぜう)も上皇(ぜうかう)も敢(あへ) て勅許(ちよくきよ)なし玉はず。時平(しへい)いまだ若冠(じやくくわん)なれば。彼(かれ)を佐(たすけ)て朝政(てうせい)を正(たゞ)しうすべしとの倫命(りんめい)なれ ば已事(やむこと)を得(え)ず其儘(そのまゝ)に過(すぎ)させ給ひけり。斯(かく)て時平(しへい)と菅公(かんこう)は月(つき)交(かはり)に朝政(てうせい)【「せうせい」は誤】を聴(きか)れけるに 時平(しへい)は毎度(まいど)依怙贔屓(えこひいき)の裁許(さいきよ)多(おほ)ければ。諸人(しよにん)怨(うら)み誹(そし)り。其(その)当番(とうばん)の月は訴訟人(そせうにん)多(おほ)く