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時(とき)を感じては花(はな)も涙(なみだ)を灑(そゝ)ぎ別(わかれ)を惜(をしみ)ては鳥(とり)も心を驚(おどろか)すならひ見物(みるもの)皆(みな)御心を悼(いた)ま
しめざるはなし。春(はる)の曙(あけぼの)の艶(ゑん)なるもかゝる謫行(てきかう)の折(をり)からなれば。哀(あは)れに物悲(ものがな)しく覚(おぼへ)給ひ
平日(つね)に菅公(かんこう)を敬(うやま)ひ。親(したし)み睦(むつ)びたる人々(ひと〴〵)も。今般(このたび)の御 左遷(させん)【迁は俗字】を歎(なげ)き朝廷(てうてい)を恨(うら)み訕(そし)れども
流石(さすが)左大臣家(さだいじんけ)の咎(とがめ)を怕(おそ)れてや御 見送(みおくり)に参(まゐ)る人も少(すくな)くすご〴〵と紅梅殿(かうばいどの)を出(いで)給ふ
因(ちなみ)に曰。北野(きたの)天満宮(てんまんぐう)御 造営(ぞうえい)の後(のち)。六 角堂(かくどう)東寺(とうじ)などに晨朝(あけむつ)の鐘(かね)を撞(つけ)ば神殿(しんでん)
大いに鳴動(めいどう)しけるゆへ其後(そのゝち)は六 角堂(かくどう)東(とう)寺とも明(あけ)六(むつ)の鐘(かね)を撞(つか)ずとかや
斯(かく)て菅公(かんこう)上鳥羽(かみとは)まで到(いたり)給ふ所。此所(こゝ)より御 船(ふね)に乗(めし)給ふべきよし申。船(ふな)がりの宦(くわん)
人(にん)へ曳渡(ひきわた)し都(みやこ)の宦人(くわんにん)は皆(みな)帰(かへ)り。菅公(かんこう)を御 見送(みおくり)の御 親族(しんぞく)御 門人(もんじん)達(たち)も皆(みな)涙(なみだ)の袖(そで)
を別(わか)ちて帰(かへ)られける。其中(そのなか)に御台所(みだいどころ)より御 見送(みおくり)の使者(ししや)を返(かへ)し給ふとて
君(きみ)がすむやどの木末(こずえ)をゆく〳〵も隠(かく)るゝまでにかへり見しかな
と詠(えい)じて御台所(みだいどころ)へ贈(おくり)給ひけり。然(しか)る所(ところ)に渡会春彦(わたらへはるひこ)喘々(あへぎ〳〵)走来(はしりきた)りければ。菅公(かんこう)御