Gallicaの日本資料を翻刻!

コレクション: コレクション1

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給へと言上(まうしあげ)ければ。菅公(かんこう)怡(よろこ)ばせ給ひ警固(けいご)の宦人(くわんにん)に此義(このぎ)如何(いかゞ)あるべきと問(とは)せ給ふに苦(くる)しからず 候よし申により。辰音(たつおと)春彦(はるひこ)宦人(くわんにん)等(ら)を召連(めしつれ)給ひ。真木(まき)に郷導(あない)させて其家(そのいへ)へ到(いた)り給ふ。真(ま) 木(き)は大いに尊敬(そんけう)して御 土器(かはらけ)を献(たてまつ)り餉(かれいひ)を勧(すゝめ)まいらせなどして管侍(もてなし)ければ。公(こう)其(その)深情(しんじやう)を謝(しや) し給ひ。そも当所(とうしよ)は何と申 里(さと)ぞと問(とひ)給ふに。家翁(あるじ)答(こたへ)て。河内国(かはちのくに)佐田(さだ)と呼(よび)候と言上(まうしあげ)ける。然(しから) ば此里(このさと)より当国(とうごく)道明寺(どうみやうじ)へは程(ほど)遠(とふ)きや否(いな)やと問(とひ)給ふ。家翁(あるじ)また答(こたへ)て道明寺(どうみやうじ)へは凡(およそ) 五 里(り)ばかりもや候べきと言上(まうしあげ)ける菅公(かんこう)曰(のたまは)く。道明寺(どうみやうじ)の住侶(ぢうりよ)覚寿尼(かくじゆに)と申は予(よ)が伯母御(おばご) 前(ぜん)なり都(みやこ)に在(あり)し時(とき)は公務(こうむ)繁(しげ)く訪(とふら)ひ進(まいら)す暇(いとま)もなかりき。今 左遷(さすらへ)【迁は俗字】の身(み)となりて程(ほど) 遠(とふ)からぬ此里(このさと)へ来(き)しは不設(まうけぬ)僥倖(さいはひ)なり。日(ひ)もいまだ黄昏(くれがて)なれば伯母(おば)許(がり)訪(とふら)ひたし。此事ゆるし てんやと警固(けいご)の武士(ぶし)に願(ねが)ひ給ひければ。今夜(こんや)の内(うち)ばかりの御事ならば苦(くる)しかるまじく候 未(み) 明(めい)には還(かへら)せ給ふべしと御承(おうけ)申により。菅公(かんこう)怡(よろこ)び給ひ辰音(たつおと)と警固(けいご)の武士(ぶし)を召連(めしつれ)給ひ 御 身(み)は賎(しづ)の竹駕(たけかご)に乗(めし)長(てう)に郷導(あない)させ道(みち)を逸(はや)めさせて道明寺(どうみやうじ)へ到(いた)り給ふに四ッ半(はん)