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て根(ね)を生(せうじ)枝葉(えだは)年々(とし〴〵)に繁茂(はんも)し播州(ばんしう)第(だい)一の名木(めいぼく)と成(なれ)り。曽根(そね)の松(まつ)是(これ)なり。後々(のち〳〵)は枝(えだ)
長(なが)く這(はひ)けるゆへ杖(つえ)を多(おほ)く衝(つか)せさながら手枕(たまくら)せし如(ごと)くなれば。曽根(そね)の手枕(たまくら)の松(まつ)とも呼(よび)
名(な)しける。菅公(かんこう)陸路(くがぢ)を両三日 経(へ)給ひて御 心地(こゝち)も平日(つね)に復(かへ)らせ給ひければ。又御 船(ふね)に
めされ日(ひ)を歴(へ)て豊後国(ぶんごのくに)三井田(みゐた)の浦(うら)へ御 船(ふね)を着(つけ)たり。菅公(かんこう)少時(しばらく)陸(くが)へ下(おり)まほしと仰(あふせ)ける
ゆへ船長(ふなおさ)船(ふね)の綱(つな)を綰(わげ)て円座(ゑんざ)とし御座(ござ)を設(まうけ)ければ。公(こう)其(それ)に坐(ざ)し給ひて沖(おき)の景色(けしき)を
御覧(ごらん)じ旅鬱(りようつ)を慰(なぐさ)め給ひけり。世(よ)に綱敷(つなしき)の天神(てんじん)と申奉るは此時(このとき)の御影(みえい)なり。斯(かく)て
又御 船(ふね)に乗(めし)八重(やえ)の汐路(しほぢ)に淘(ゆら)れ給ひ。筑前国(ちくぜんのくに)博多(はかた)なる袖(そで)の浦(うら)に御 船(ふね)を着(つけ)是(これ)
より陸路(くがぢ)を守護(しゆご)しまいらせ。同国(どうこく)御笠郡(みかさごほり)太宰府(だざいふ)の郡司(ぐんじ)。秦民部時員(はだのみんぶときかづ)が邸舎(やしき)
へ入奉りけり。民部(みんぶ)は兼(かね)て都(みやこ)より下知(げぢ)を承(うけ)四方(しはう)に堤(つゝみ)を築(きづ)き其内(そのうち)へ高塀(たかへい)をかけ館(やかた)【舘は俗字】
を造設(つくりまうけ)て待受(まちうけ)奉りけるゆへ即(すなは)ち其館(そのやかた)へ入奉り監卒(ばんにん)を付(つけ)て厳(きびし)く御門(ごもん)を衛(まも)らせける
菅公(かんこう)《振り仮名:於_二配所_一詠_二詩歌_一|はいしよにおいてしいかをえいず》 太宰府(だざいふ)飛梅(とびうめ)追松(おひまつ)之(の)条(くだり)