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菅公(かんこう)已(すで)に配所(はいしよ)の館(やかた)【舘は俗字】へ入せ給ひければ。都(みやこ)の宦人(くわんにん)下吏(したづかさ)們(ら)は御 暇(いとま)を願(ねが)ひて京(きやう)へ帰(かへ)り。跡(あと)に残(のこ)
り留(とゞま)る者とては田口(たぐち)渡会(わたらへ)其余(そのよ)は言甲斐(いひがひ)なき下郎(げらう)三人のみにて。いとゞ寂莫(ものさびし)く思召(おぼしめし)御 館(やかた)【舘は俗字】と
ても壁(かべ)浅間(あさま)に板間(いたま)も間粗(まばら)にて。透間(すきま)洩(もる)汐風(しほかぜ)もいとゞ御 身(み)に染(しみ)ければ一時(あるとき)の御 詩(し)に
《振り仮名:離_レ家|いへをはなれて》三四 月(げつ) 落涙(らくるい) 百千 行(かう) 万事(ばんじ)皆(みな)《振り仮名:如_レ夢|ゆめのごとし》 時々(じゝ)《振り仮名:仰_二彼蒼_一|ひそうをあふぐ》
と賦(ふ)し給へり宰府(さいふ)は人も多(おほ)く折(をり)には御 訪(とふら)ひに来(きた)る人も有(あれ)ども。墓々(はか〴〵)しく物(もの)も言(のたま)はず
多(おほ)くは御 対面(たいめん)もなし玉はで。引籠(ひきこもり)【篭は俗字】がちにて唯(たゞ)異国(いこく)へ推移(おしうつ)されたる心地(こゝち)し給ひ。事訪(こととひ)
皃(がほ)なる鵆(ちどり)鴎(かもめ)の声々(こゑ〳〵)も御 夢(ゆめ)を破(やぶ)る媒(なかだち)となり。音信(おとづれ)めく軒(のき)の松風(まつかぜ)も却(かへつ)て御 涙(なみだ)を誘(さそふ)
種(たね)となり。万事(よろづ)都(みやこ)に変(かはり)たる事のみ多(おほ)くして。旦夕(あけくれ)ながめがちに過(すぎ)させ給ひ一時(あるとき)遠方(おちかた)に立(たつ)
煙(けふり)を御 覧(らん)じ
夕(ゆふ)ざれは野(の)にも山にもたつ煙(けふり)なげきよりこそもえまさりけれ
また雲(くも)の浮立(うきたち)たゞよふを見給ひて都(みやこ)の空(そら)のみなつかしく思召(おぼしめし)