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思(おも)ひ出(いだ)せし事(こと)あり。予(われ)都(みやこ)を出(いで)し折(をり)から紅梅殿(かうばいどの)へ立寄(たちより)しに。此梅(このうめ)盛(さかり)なりしゆへ都(みやこ)
の春(はる)の余波(なごり)をしく。東風(こち)吹(ふか)ば匂ひをこせよと戯(たはむれ)に口号(くちずさみ)しに。其歌(そのうた)にや感(かん)じけん
山海(さんかい)数百里(すひやくり)を隔(へだて)たる此(この)筑紫(つくし)まで飛来(とびきた)りし事 不思議(ふしぎ)の中の不思議(ふしぎ)なり
草木(さうもく)非情(こゝろなし)といふべからず。仮初(かりそめ)の歌(うた)に感(かん)じ主(ぬし)を慕(した)ひて来(きた)りし優(やさ)しさよ。構(かまへ)て
小枝(こえだ)をも折取(おりとる)事(こと)勿(なか)れと曰(のたま)ひ都(みやこ)を出給ひしより今日(けふ)まで一 度(ど)も笑(ゑま)せ給ひし事 無(なか)
りしに。此時(このとき)始(はじめ)て笑(ゑま)せ給ひ御 欣悦(よろこび)の色(いろ)あらはれける辰音(たつおと)春彦(はるひこ)も公(きみ)の御 詞(ことば)に
就(つい)て梅樹(うめのき)を立周(たちめぐり)て左見右看(とみかうみる)に。実(げに)も紅梅殿(かうばいどの)の梅(うめ)に紛(まが)ふ方(かた)なければ感歎(かんたん)して
止(やま)ず。心なき下僕(しもべ)までも感涙(かんるい)をぞ流(なが)しける。是(これ)より菅公(かんこう)以前(いぜん)に倍(ばい)して愛(あい)し
給ひ。御 薨去(かうきよ)の後(のち)神(かみ)に鎮祭(しづめまつら)れ給ひしに或人(あるひと)此梅(このうめ)の枝(えだ)を折(をり)しかば御 神託(しんたく)に
なさけなく折(をる)人つらしわが宿(やど)の主(あるじ)わすれぬ楳(うめ)のたち枝(え)を
と詠(えい)じさせ給ひし太宰府(だざいふ)の飛梅(とびうめ)是(これ)なり。其後(そのゝち)都(みやこ)の言便(つて)に。紅梅殿(かうばいどの)の御 愛(あい)