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けれども墓々(はか〴〵)しく其(その)験(しるし)も見え玉はざりけり然(しかる)に二月の上旬(はじめ)に。都(みやこ)に留(とゞめ)置(おき)給ひし島(しま)
田忠臣(だたゞおみ)下向(げかふ)して配所(はいしよ)参上(さんぜう)しければ。菅公(かんこう)近(ちか)く召(めさ)れ珍(めづら)しや忠臣(たゞおみ)予(よ)が都(みやこ)を出し後(のち)
朝廷(てうてい)に変(かはり)し義(ぎ)はなきか主上(しゆぜう)は御 安体(あんたい)に在(ましま)すやと問(とは)せ給ふ忠臣(たゞおみ)はつと御 答(いらへ)し
畳(たゝみ)に平伏(ひれふし)て少時(しばらく)涙(なみだ)にくれ居(ゐ)たりけるが。稍(やゝ)有(あつ)て頭(かしら)を上(あげ)。帝(みかど)は御 安寧(あんねい)にわたらせ
給へども。左大臣殿(さだいじんどの)一人 政(まつりごと)を執行(とりおこな)はれ候ゆへ僻事(ひがこと)多(おほ)く。万事(ばんじ)の訴詔(そせう)滞(とゞこふ)りがちにて
都鄙(とひ)の人民(にんみん)歎(なげ)かずといふ者(もの)なく候。我君(わがきみ)都(みやこ)を出(いで)給ひし後(のち)。左大臣殿(さだいじんどの)の命(めい)として御
門人方(もんじんがた)をも流刑(るけい)に行(おこなは)んと沙汰(さた)ありけれども。左府(さふ)の御 舎弟(しやてい)大納言(だいなごん)忠平殿(たゞひらどの)《割書:貞信|公なり》是(これ)
を諫(いさめ)止(とめ)られ候ひしゆへ其議(そのぎ)は止(やみ)候へども。御門人(ごもんじん)達(たち)も其(それ)より後難(こうなん)を怕(おそ)れられてや。御(み)
台(だい)姫君(ひめぎみ)の御 訪(とふらひ)に参(まい)らるゝ人々も希々(まれ〳〵)になり行(ゆき)。只(たゞ)彼(かの)大納言(だいなごん)忠平殿(たゞひらどの)のみ折節(をりふし)に
音信(おとづれ)の使者(ししや)をさし越(こさ)れ候。御台所(みだいどころ)には君(きみ)に御 別(わかれ)ありてより。昼夜(ちうや)御 歎(なげ)き深(ふか)く
終(つひ)に御 患病(いたつき)にかゝづらひ給ひ。良医(りようい)の配剤(はいざい)も其(その)験(しるし)なく。去(さん)ぬる正月十三日の夜(よ)某(それがし)