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新枝(ずはへ)を携(たづさ)へ給ひ配所(はいしよ)を立出(たちいで)給ふにぞ。春彦(はるひこ)は覚束(おぼつか)なさに其(その)山の麓(ふもと)まで召連(めしつれ)給へと
て強(しい)て随従(おんとも)したりける。菅公(かんこう)は一 座(ざ)【注】の高山(かうざん)の梺(ふもと)へ到(いた)り給ひ。春彦(はるひこ)を顧(かへりみ)給ひて。你(なんじ)は是(これ)
より還(かへ)り予(よ)が留守(るす)を衛(まもれ)よ。先(さき)にも申 聞(きか)せしごとく。七日(なぬか)満(まん)ずるまで登山(とうざん)なせそと誡(いまし)め給ひ
袂(たもと)を分(わか)ちて只(たゞ)御一人(ごいちにん)山路(やまぢ)を分(わけ)登(のぼ)り給ひけり。春彦(はるひこ)は御 背影(うしろかげ)の見(み)ゆる限(かぎ)り見送(みおく)り進(まいら)
せ心 恍惚(くわうこつ)として山上(さんぜう)を見 上(あげ)停立(たゝずみ)けれども。御 誡(いましめ)強(つよ)ければ山へ登(のぼ)る事 能(あたは)ず為方(せんかた)なくて
心ならずも配所(はいしよ)へ帰(かへ)るといへども。君(きみ)の御 身(み)の上を煩想(おもひわづらひ)て起居(ききよ)安(やす)からず。夜(よる)も枕(まくら)に就(つけ)ども
目(め)も合(あは)ず終夜(よもすがら)鬱々(うつ〳〵)【欝は俗字】として夜(よ)を明(あか)し。明(あく)れば又 彼山(かのやま)の梺(ふもと)へ到(いた)りもし御 姿(すがた)の見ゆる事も
やとて。東西南北(あなたこなた)と路(みち)も無(なき)山下(さんか)を回(めぐ)り見れども。御 姿(すがた)を幽(かすか)にも見奉る事 能(あたは)ず十 計(けい)尽(つき)て
配所(はいしよ)へ還(かへ)り。又 気遣(きづかは)しさに山の梺(ふもと)へ到(いた)り。如此(かくのごとく)七日が間(あいだ)往反数回(ゆきつもどりつ)心をぞ労(らう)しける。去程(さるほど)に
菅公(かんこう)は険陖(けんしゆん)たる羊腸(さかみち)を分(わけ)登(のぼ)り。辛(からう)して山頭(さんとう)へ到(いた)り給ひ。一 塊(くわい)の巌(いはほ)の有(あり)ければ其上(そのうへ)へ登(のぼり)
給ひて携(たづさ)へ給ふ所(ところ)の新枝(ずはへ)に插(はさみ)し願書(ぐわんしよ)を天に捧(さゝげ)給ひ御 足(あし)の左右(さいう)の大 指(ゆび)ばかりにて翹(つまだち)たまひ
【注 法政大学 国際日本学研究所所蔵資料アーカイブス、『扶桑皇統記図会』を参照す。】