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暫(しばら)く天を拝(はい)し給ひ。其後(そのゝち)は御 眼(め)を閉(とぢ)一心不乱(いつしんふらん)に祈(いのり)給ふは。何事(なにごと)の御願(ごぐわん)かはいざ不知(しらね)ども。そも
菅公(かんこう)は天性(てんせい)虚弱(よは〳〵し)く在(ましま)せるに。断食(だんじき)不飲(ふいん)にて。しかも巌頭(がんとう)に翹(つまだ)ち七日(なぬか)七夜(なゝよ)が間(あいだ)刹那(せつな)も
懈怠(けだい)なく祈(いのり)給ふ事(こと)実(じつ)に難中(なんちう)の難(なん)にて勇猛(ゆうもう)強勢(がうせい)の荒行者(あらぎやうじや)たりとも半日(はんじつ)も堪(たゆ)る事
難(かた)かるべし。かゝる丹誠(たんせい)を高天(かうてん)も感(かん)じ給ひけん七日(なぬか)満(まん)ずる暁(あかつき)天地(てんち)俄(にはか)に震動(しんどふ)して雷電(らいでん)
鳴(なり)閃(ひらめ)くと等(ひとし)く一 陣(ぢん)の旋風(つじかぜ)吹発(ふきおこ)り。捧(さゝげ)給ふ告文(かうぶん)を天上(てんぜう)遙(はるか)に吹上(ふきあげ)御 手(て)には梅(うめ)の新枝(づはへ)のみ
ぞ残(のこ)りける。菅公(かんこう)御喜悦(ごきゑつ)斜(なゝめ)ならず。今(いま)こそ道真(みちざね)が大 願(ぐわん)を皇天(くわうてん)納受(のふじゆ)し給へりとて。天(てん)
に向(むか)ひて九拝(きうはい)し給ひ。巌(いはほ)を下(お)り梺(ふもと)へ下(くだ)り給ひけるに。山下(さんか)には渡会春彦(わたらへはるひこ)疾(とく)より待(まち)うけ
し事なれば大いに怡(よろこ)び其(その)御安体(ごあんたい)を賀(が)し奉り。随従(おんとも)して配所(はいしよ)へ還(かへ)り御 湯漬(ゆづけ)などを勧(すゝ)め
奉れども。菅公(かんこう)些(すこし)も用(もち)ひ玉はず。御 褥(しとね)の上に臥(ふし)給ひけるが忽然(こつぜん)として眠(ねむる)がごとく薨去(かうきよ)なし玉
ひける。時(とき)は是(これ)延喜(えんぎ)三年二月二十五日なり。春彦(はるひこ)は斯(かく)ともしらず御 疲労(つかれ)にて御寝(ぎよしん)なり
しと心得(こゝろえ)其儘(そのまゝ)御 傍(かたはら)に直宿(とのゐ)しけるに。日(ひ)も暮(くれ)夜(よ)も初更(しよかう)に及(およ)べども起(おき)玉はざれば余(あま)りに