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両側(りようかは)に群集(くんじゆ)し涙(なみだ)を流(なが)し仏名(ぶつみやう)を称(となへ)て拝(はい)しける。斯(かく)て御車(みくるま)を押往(おしゆく)ところに。途中(とちう)に於(おい)
て御 車(くるま)止(とま)りて些(ちつ)とも動(うご)かず是(こ)は何(いか)なるゆへにやと。多勢(たせい)の者(もの)力(ちから)を併(あは)して押(おせ)ども〳〵。大(だい)
磐石(ばんじやく)の地(ち)より生(はへ)しごとく。一寸も動(うごか)ざれば春彦(はるひこ)民部(みんぶ)と相議(あいぎ)し。御車(みくるま)の此地(このち)に止(とゞ)まりしは
此地(このち)に葬(ほうむ)れよとの御事なるべしとて。遂(つひ)に御 車(くるま)の止(とま)りし地(ち)にぞ葬(ほうむ)り奉りける。今の
神廟(しんべう)【庿は廟の古字】の地(ち)是(これ)なり。斯(かく)て御 葬式(そうしき)も相済(あいすみ)ければ。民部(みんぶ)は従卒(じふそつ)を将(つれ)て帰(かへ)り。菅公(かんこう)に従(したが)
ひ奉りて筑紫(つくし)へ下(くだり)し四人の下僕(しもべ)も己々(おのれ〳〵)が故郷(こけう)へ帰(かへ)りけるに。只(たゞ)春彦(はるひこ)のみ御 墓(はか)の側(かたはら)
に菴(いほり)を営(いとな)み。喪(も)に籠(こも)りて朝夕(あさゆふ)御 墓(はか)を掃浄(はききよ)め。水(みつ)を手向(たむけ)花(はな)を供(くう)じ。死(し)に事(つかへ)る事(こと)
生(せい)に事(つかふ)るが如(ごと)し。郡司(ぐんじ)民部(みんぶ)其(その)誠心(せいしん)を感(かん)じ。米(こめ)薪(たきゞ)を贈(おく)りて飢渇(きかつ)を扶(たす)けけり。か彼(かの)孔門(かうもん)
の子貢(しこう)は孔子(かうし)の冢(つか)を守(まも)りて冢の上(ほとり)に廬(いほり)する事六年。我朝(わがてう)の良岑(よしみね)宗貞(むねさだ)も仁明帝(にんめうてい)
陵墓(みさゝき)を守(まも)る事三年 人(ひと)以(もつ)て其(その)忠悌(ちうてい)を賞美(せうび)せり。渡会春彦(わたらゑはるひこ)も是等(これら)の先哲(せんてつ)に劣(おとら)
ず。其身(そのみ)菅家(かんけ)普代(ふだい)の臣(しん)にもあらざれど。菅公(かんこう)御 誕生(たんぜう)の始(はじめ)より筑紫(つくし)にて御 薨去(かうきよ)ありし