← 前のページ
ページ 497 / 521
次のページ →
翻刻
は船(ふね)にても猶(なを)渉(わたり)がたく見えたり。増(まし)て馬(うま)車(くるま)にて越(こさ)ん事 能(あたふ)べきやうなければ三人の勅(ちよく)
使(し)も惘然(もうぜん)【旁の「岡」は誤】として手綱(たづな)をひかへ。車(くるま)を推(おす)人夫(にんぶ)も水勢(すいせい)に辟易(へきえき)し。互(たがひ)に面(おもて)を見合(みあは)して如何(いかに)せん
とぞ鬩(ひしめ)【䦧は俗字】きける。僧正(そうぜう)御 覧(らん)じて些(すこし)も怕(おそれ)給ふ色(いろ)なく人夫(にんぶ)們(ら)に向(むか)ひ你(なんじ)等(ら)患(うれふ)る事 勿(なか)れ。我(われ)路(みち)
を開(ひら)き得(え)さすべし。只(たゞ)水中(すいちう)へ車(くるま)をやり候へ。三 使(し)も車(くるま)の後(あと)に続(つゞ)き給へとて。車(くるま)の内(うち)にて咒(しん)
語(ごん)を唱(とな)へ印(いん)を結(むすび)給へば。奇(き)なるかなさしも漲(みなぎ)り溢(あふれ)し川水(かはみづ)忽(たちま)ち両段(りようだん)に分(わか)れ。中に一条(ひとすじ)の
陸路(みち)開(ひら)けたり。衆人(しゆうじん)是(これ)を見て噫(あつ)と感賞(かんせう)し。実(げに)も奇特(きどく)の法力(ほふりき)かな。帝(みかど)の御 信仰(しんかう)在(ましま)
すも理(ことは)りなりとて。勇(いさ)みを生(しやう)じ車(くるま)を押立(おしたて)けるにぞ。勅使(ちよくし)感嘆(かんたん)し続(つゞい)て駒(こま)を進(すゝ)め。上下とも
安々(やす〳〵)川を越果(こへはて)ければ。後(あと)は旧(もと)の大川(だいが)となり白浪(しらなみ)高(たか)くぞ立(たち)にける。斯(かく)て僧正(そうぜう)は御 参内(さんだい)ありて
玉座(ぎよくざ)近(ちか)く膝行(しつかう)し。先(まづ)玉体(ぎよくたい)の御 安泰(あんたい)を祝(しゆく)し奉られ。頓(やが)て水晶(すいしやう)の珠数(じゆず)おしもみ大威徳(だいいとく)の
法(ほふ)を修(しゆ)し給へば。不思議(ふしぎ)や今 迄(まで)鳴閃(なりひらめ)きし雷電(らいでん)忽(たちま)ち遠去(とふざか)り。遙(はるか)に紫宸殿(ししんでん)の上に鳴(なり)
轟(とゞろ)きける。是(これ)に依(よつ)て主上(しゆせう)少(すこ)【注】し睿慮(ゑいりよ)を安(やす)んじ給ひ。時平(しへい)以下(いげ)も溜息(ためいき)吐(つい)て蘇生(よみがへり)たる心地(こゝち)
【注 好華堂野亭 著『扶桑皇統記図会』,誾花堂,明19.7. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/771530 (参照 2023-12-02)による。】