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天変(てんべん)鎮(しづま)りしかば。列位(おの〳〵)安堵(あんど)の思(おも)ひをなし今更(いまさら)菅霊(かんれい)を宥(なだめ)んため。帝(みかど)に奏(そう)して菅家(かんけ)四
人の子息(しそく)達(たち)の流罪(るざい)を恩免(おんめん)在(あつ)て都(みやこ)へ徴還(めしかへ)し給へと勧(すゝめ)奉りければ。即(すなは)ち左遷(させん)【迁は俗字】の国々(くに〴〵)へ罪(つみ)
恩免(おんめん)の宣旨(せんじ)をぞ下されける。然(しかる)に土佐国(とさのくに)へ左遷(させん)【迁は俗字】せられ給ひし長男(ちようなん)右大弁(うだいべん)高恒(たかつね)佐渡国(さどのくに)へ流(なが)
され給ひし式部大丞(しきぶのだいぜう)景行(かげつら)讃岐国(さぬきのくに)へ流(なが)され給ひし三 男(なん)蔵人(くらんど)景茂(かげしげ)以上(いじやう)三人は皆(みな)其(その)国々(くに〴〵)の
配所(はいしよ)にて御 逝去(せいきよ)ありけるゆへ本宦(ほんくわん)に還(かへ)し猶(なを)宦(くわん)一 陛(かい)を加(くは)へ給ふ。只(たゞ)伊予国(いよのくに)へ流(なが)され給ひし四(よ)
男(なん)秀才(しうさい)敦茂(あつしげ)のみ存生(ぞんじやう)にて皈洛(きらく)あり。菅原(すがはら)の名跡(みやうせき)を嗣(つぎ)給ひけり。斯(かく)て其年(そのとし)も暮(くれ)明(あく)る
延喜(えんぎ)九年(くねん)三月 本院(ほんいん)の左大臣(さだいじん)不斗(ふと)奇病(きびやう)に染(そみ)次第(しだい)に疾病(やまひへい)となり。昼夜(ちうや)悩(なや)み苦(くる)しみ
悶(もだへ)られければ。御台所(みだいどころ)を首(はじめ)とし。御内人(みうちびと)親族(しんぞく)方(がた)も大いに駭(おどろ)かれ良医(りようい)に委(ゆだね)て医療(いりよう)手(て)を
尽(つく)し諸社(しよしや)の神宦(じんくわん)諸山(しよさん)の僧(そう)に命(めい)じて加持祈祷(かじきとう)遺(のこ)る所(ところ)なく修(しゆ)せしめらるれども露計(つゆばかり)
も験(しるし)なく漸々(ぜん〳〵)に形容(けいよう)痩衰(やせおとろ)へ果(はて)は発狂(ものぐるはし)くなり。須波(すは)また菅丞相(かんしやう〴〵)が来(きた)りて予(われ)を將行(つれゆか)んと
するぞ。噫(あゝ)今 雷神(らいじん)が予(われ)を曳裂(ひきさか)んとするはなんどゝ詈(のゝし)り殿中(でんちう)を東西(あなた)南北(こなた)と逃(にけ)回(まは)り狂(くる)ひ