Gallicaの日本資料を翻刻!

コレクション: コレクション1

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ページ: 510

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いに駭(おどろ)き勅使(ちよくし)に斯(かく)と言上(まうしあげ)ければ。勅使(ちよくし)も奇異(きい)の思(おも)ひをなし社参(しやさん)して是(これ)を読(よみ)見らるゝに   昨(きのふは)《振り仮名:為_下北闕被_レ悲士_上|ほくけつにかなしみをかふむるしたり》   今(けふは)《振り仮名:作_下西都雪_レ恥尸_上|せいとにはぢをきよむるしかばねとなる》   生恨(いきてのうらみ)死歓(しゝてのよろこび)其(それ)《振り仮名:奈_レ我|われをいかん》  今(いまは)《振り仮名:須_下望足護_上_二皇基_一|すべからくのぞみたんぬくわうきをまもるべし》 とあり。勅使(ちよくし)此(この)奇瑞(きづい)を見て感涙(かんるい)を流(なが)し偖(さて)は菅霊(かんれい)怒(いかり)を鎮(しづめ)給へりと深(ふか)く神徳(しんとく)を仰(あふ) ぎ敬(けい)して都(みやこ)へぞ還(かへり)上(のぼ)られけり  因(ちなみ)に曰。其後(そのゝち)一 条院(でうのいん)の御宇(ぎよう)正暦(しやうりやく)年中(ねんぢう)に菅原為理(すがはらのためよし)を勅使(ちよくし)として菅公(かんこう)に正(しやう)一 位(ゐ)  太政大臣(だじやうだいじん)の宦(くわん)を贈(おくり)給ひ。天満大自在天神(てんまんだいじざいてんじん)と神号(しんがう)賜(たま)はり二十二 社(しや)の数(かづ)に入給ひけり。是(これ)  より諸国(しよこく)とも漸々(ぜん〴〵)に社(やしろ)を建(たて)木像(もくぞう)を彫(きざ)み或(あるひ)は画(ゑが)きなどして敬(うやま)ひ祭(まつ)る所 数(かづ)しら  ず。都(みやこ)北野(きたの)の天満宮(てんまんぐう)は其(その)始(はじめ)天慶(てんげう)五年七月十二日 西(にし)の京(きやう)七 条(でう)に住(すみ)し綾子(あやこ)といふ  女に菅神(かんじん)御 託宣(たくせん)まし〳〵。予(われ)昔(むかし)世(よ)に在(あり)しとき。しば〳〵北野(きたの)右近(うこん)の馬場(ばゝ)に遊(あそび)き  洛(みやこ)の中(うち)に閑(しづか)に勝(すぐれ)たる地(ち)彼所(かしこ)に如(しく)はなし。勅勘(ちよくかん)を受(うけ)西府(さいふ)の雲(くも)と消(きゆ)るといへども