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一 念(ねん)の霊(れい)は折々(をり〳〵)筑紫(つくし)より彼(かの)所(ところ)へ行通(ゆきかよ)ひて心を慰(なぐさ)めり。右近(うこん)の馬場(ばゝ)に社(やしろ)を営(いとな)み
て立寄(たちよる)便(たより)を得(え)せしめよと告(つげ)給ひしかば。綾子(あやこ)難有(ありがたき)事に思(おも)へども。其身(そのみ)賎(いやし)く貧(まづ)し
ければ右近(うこん)の馬場(ばゝ)に御社(みやしろ)を建(たつ)る事 能(あた)はず。只(たゞ)柴(しば)の菴(いほり)のほとりに小(さゝ)やかなる祠(ほこら)を営(いとな)
み瑞籬(みづがき)を結(むす)び五年(いつとせ)が間(あいだ)崇祭(あがめまつ)りけり。其間(そのあいだ)に菜種(なたね)を供物(くもつ)に献(たてまつ)りし事 有(あり)。それゆへ
今 以(もつ)て例年(れいねん)二月二十五日に菜種(なたね)の御供(ごくう)の神事(じんじ)あり。其後(そのゝち)天 慶(けう)九年 江州(がうしう)平野(ひらの)
社(やしろ)の神職(しんしよく)の男(せがれ)太郎丸(たらうまる)といへる者に菅神(かんじん)御 託宣(たくせん)まし〳〵。都(みやこ)北野(きたの)右近(うこん)の馬場(ばゝ)の辺(ほとり)に
一 夜(や)に千本(せんぼん)の松(まつ)生(しやう)ずべし。是(これ)予(わ)が住(ぢう)すべき地(ち)なり。你(なんじ)都(みやこ)西(にし)の京(きやう)なる綾子(あやこ)と呼(よべ)る女
に力(ちから)を添(そへ)彼所(かしこ)に社(やしろ)を建(たて)よと告(つげ)給ひけるゆへ。太郎丸(たらうまる)が父(ちゝ)不思議(ふしぎ)に思(おも)ひ都(みやこ)へ上(のぼ)りて右(う)
近(こん)の馬場(ばゝ)へいたり見るに。土人(どじん)群集(くんじゆ)し。此地(このち)前宵(よべ)一 夜(や)の中(うち)に松(まつ)千本(せんぼん)生出(おひいで)たり。世(よ)にも不(ふ)
思議(しぎ)な事かなとて。とり〳〵に噂(うはさ)しけるにぞ。太郎丸(たらうまる)が父(ちゝ)託宣(たくせん)の著明(いちじなき)を感(かん)じ。西(にし)の京(きやう)
なる綾子(あやこ)が住家(すみか)へ尋(たづね)行(ゆき)対面(たいめん)して互(たがひ)に神託(しんたく)の趣(おもむ)きを語合(かたりあひ)ともに相議(あひはかり)て大内(おほうち)へ菅(かん)