Gallicaの日本資料を翻刻!

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ページ: 62

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を乞(こひ)けるゆへ兵糧(ひやうらう)の議(ぎ)は東(とう)八ヶ国(こく)へ触渡(ふれわた)し。加勢(かせい)は藤原小黒麻呂(ふぢはらのをくろまろ)に命(めい)じ三千 余騎(よき)を 授(さづ)けて東国(とうごく)へ下(くだ)しけれども。小黒麻呂(をくろまろ)途中(とちう)にて病(やまひ)に染(そみ)引(ひつかへ)せしゆへ別(べつ)に加勢(かせい)の大将(たいせう)たるべ き人を択(えらめ)ども。いまだ其機(そのき)に当(あたる)べき者を得(え)ず。且(かつ)は朝務(てうむ)繁(しげ)く空(むな)しく時日(じじつ)を移(うつ) せり然(しかる)に小黒麻呂(をぐろまろ)疾病(しつへい)平愈(へいゆ)せし由(よし)なれば再(ふたゝ)び小黒麻呂(をぐろまろ)に節(せつ)を持(もた)せ三千 騎(ぎ)を授(じゆ) 与(よ)して奥州(おうしう)へ下向(げかう)せしめ。坂東(ばんどう)八ヶ国(こく)へも兵糧(ひやうらう)運送(うんそう)の遅滞(ちたい)を責(せめ)。急々(きう〳〵)兵糧(ひやうらう)を送(おく)る べきやう申 渡(わた)すべしとなり。諸(しよ)臣下(しんか)謹(つゝしん)で勅詔(ちよくぜう)を奉(うけたま)はり。即(すなは)ち藤原小黒麻呂(ふじはらのをぐろまろ)を重(かさね)て 時節(じせつ)征東大使(せいとうたいし)とし三千 余騎(よき)を授(さづ)けければ。小黒麻呂(をぐろまろ)奉(うけたま)はりて天応(てんおふ)元年二月 都(みやこ)を発(ほつ) 足(そく)して東国(とうごく)へぞ下向(げかう)しける。禁廷(きんてい)よりは東(とう)八ヶ国(こく)へ昨年(さくねん)の怠(おこた)りを咎(とが)め。火急(くわきう)に奥州(おうしう)へ兵(ひやう) 糧(らう)を送(おく)るべしと触渡(ふれわた)されけるゆへ。八ヶ国(こく)の輩(ともがら)大いに恐(おそれ)て此度(このたび)は急(きう)に兵糧(ひやうらう)をとり調(しらべ) 国々(くに〴〵)より奥州(おうしう)へ運送(うんそう)したりけり。斯(かく)て都(みやこ)には光仁(くわうにん)天皇天 応(おふ)元年三月 初(はじめ)の頃(ころ)より少(すこ)し御(ご) 不例(ふれい)にわたらせ給ひければ。朝政(てうせい)を聞食(きこしめす)も懶(ものう)く思召(おぼしめし)三公(さんこう)九卿(きうけい)と御 評議(ひやうぎ)ありて宝(みくら)