Gallicaの日本資料を翻刻!

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ページ: 64

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にて賊徒(ぞくと)誅伐(ちうばつ)の議(ぎ)は須臾(しばらく)見合(みあはせ)けるにぞ。呰麻呂(しまろ)は京軍(きやうぐん)恐(おそ)るゝに不足(たらず)と心(こゝろ)矜(おごり)し。日夜(にちや)徒(と) 党(とふ)の悪徒(あくと)に指揮(さしづ)して近郡(きんがう)遠郷(ゑんけう)を侵(おか)し掠(かす)めさせ。己(おのれ)は美女(びぢよ)を近着(ちかづけ)酒宴(しゆえん)遊興(ゆふけう)に 耽(ふけ)り憚(はゞか)る所(ところ)なく歓楽(くわんらく)を究(きはめ)ける。去程(さるほど)に宝亀(ほうき)十一 年(ねん)も暮(くれ)明(あく)れば改元(かいげん)あつて天 応(おふ)元年(ぐわんねん)となり。三月 下旬(げじゆん)に藤原小黒麻呂(ふぢはらのをぐろまろ)加勢(かせい)として三千 騎(き)を将(ゐ)て着到(ちやくとう)し。東(とう) 八ヶ国よりは追々(おひ〳〵)兵糧(ひやうらう)を送(おく)りけるにより。諸大将(しよたいせう)士卒(しそつ)まで大いに勇(いさ)み悦(よろこ)び鋭気(ゑいき)を 生(せう)ぜざる者(もの)なく。此上(このうへ)は一 命(めい)を拋(なげうつ)て賊徒(ぞくと)を誅伐(ちうばつ)し大君(おほきみ)の宸襟(しんきん)を安(やす)んじ奉らんと 改(あらた)めて軍勢(ぐんぜい)を調煉(てうれん)し。日々(にち〳〵)集会(しふくわい)して専(もつぱ)ら合戦(かつせん)の評議(ひやうぎ)なす所(ところ)同四月 中旬(ちうじゆん)桓(くわん) 武天皇(むてんわう)の勅書(ちよくしよ)を捧(さゝげ)て勅使(ちよくし)下着(げちやく)有(あり)ければ諸大将(しよたいせう)謹(つゝしん)て是(これ)を迎(むかへ)請(せう)じける。勅使(ちよくし)先(まづ) 新帝(しんてい)御 即位(そくゐ)の嘉儀(かぎ)を演(のべ)次(つぎ)に詔書(せうじよ)を出(いだ)して読聞(よみきか)しめける其文(そのもん)に曰(のたまはく)   征東使(せいとうし)に勅(ちよく)すらく。使等(しら)延遅(えんち)して既(すで)に時宜(しぎ)を失(うしな)ひ。将軍等(せうぐんら)発起(はつき)して   久(ひさ)しく日月(じつげつ)を経(ふ)る。集(あつま)る所(ところ)の歩騎(ほき)数(すう)千 余人(よにん)加旃(しかのみならず)【㫋は旃の俗字】賊地(ぞくち)に入期(いるとき)上奏(じやうそう)する